西洋建築の旅 ビザンチン様式編

古代ギリシャ・ローマから19世紀末のアール・ヌーヴォーまで西洋建築史を辿ります。

アヤソフィア(イスタンブール)
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ビザンチン都市ミストラ(ギリシャ)
ビザンチン都市ミストラ(ギリシャ)

ビザンチン様式

 古代ローマの衰退に伴って台頭したビザンチン(東ローマ)帝国。この時代の建築は古代ローマの流れを引きつつ、台頭したキリスト教とも密接に結び付き、教会建築の原型が確立された。
 
 そのビザンチン建築の最高傑作といえばトルコ、イスタンブールのアヤソフィア。もとはコンスタンティウス2世により360年に建立されたが、その後幾度かの焼失を経て、ユスティニアヌス帝がキリスト教への信仰と皇帝の権力を象徴する建造物として再建しようと考えるに至る。その際、ローマ帝国特有のバシリカという建築様式を採用し、さらに目をつけたのがローマにあるパンテオンのドームだった。ただしパンテオンのドームが円形の土台の上にあるのに対し、長方形のバシリカの上にドームをおくという設計は前例がなかったため、1万を超える人々と莫大な資金が投入された。6年弱の工期で537年に完成したが、これは僅か20年で地震によりドームが崩壊。次の再建の際に考慮されたのがドームの軽量化だった。具体的には、1.ロードス島産の軽いレンガの使用、2.ドームの下の部分に40個の窓を設けることである(これはレンガを減らし、内部に光を取り込めるという一石二鳥の効果があった)。こうして造られた高さ56m、直径31mのドームを、今日私たちは目の当たりにすることができる。
 
 長らく東方正教の総本山として君臨していたアヤソフィアだが、1453年オスマン帝国に征服された時、イスラム教のモスクに変えられた。ただ幸運だったのは、ビザンチン文化の象徴である内部のモザイク画が破壊されることなく、漆喰で覆い被されたことである。その後20世紀に壁の中のモザイク画が発見され、トルコ共和国初代大統領アタチュルクがここを博物館として一般公開したので、今日もビザンチン美術最高傑作と言われる、色とりどりの石片をちりばめたモザイク画を見ることができるのである。
 
 アヤソフィアでは今もモスクとしての一面も垣間見ることができる。内部にはオスマン帝国時代に造られたミフラーブがあるが、イスラムの聖地メッカの方角へ向けるため少し斜めになっているのが面白い。また外の4本のミナレットは同時代に建てられたものだ。トルコ国内に点在するモスクはドーム型の天井をもつが、これらはアヤソフィアが原型と言われている。従ってビザンチン建築でありながら、後のイスラム建築物にも多大な影響を与えたアヤソフィアは、ローマ~ビザンチン~オスマンと続くイスタンブールの生き証人と言っても過言ではない。

 

 

アヤソフィア内部(イスタンブール)
アヤソフィア内部(イスタンブール)
アヤソフィアのモザイク(イスタンブール)
アヤソフィアのモザイク(イスタンブール)
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