ロシアツアー特集~二大帝都と黄金の環そしてキジ島へ~

創業当時よりソ連、そしてロシアツアーを手がけるユーラシア旅行社ならではのロシア旅行の魅力をご紹介します

夏の宮殿/サンクトペテルブルク郊外
夏の宮殿/サンクトペテルブルク郊外
ロシア旅行, ロシアツアー
エルミタージュ美術館
ロシアツアー
スズダリ、要塞クレムリンを望む
日本の約45倍もの面積を誇る広大な国土。北極海沿岸の永久凍土ツンドラから針葉樹林、草原、ステップに及ぶ多様な植生がロシアの国民性と歴史を育んできました。
 
たまねぎ様のドームを頂く正教会、ロシア帝国の華やかなる宮廷文化、素朴な地方都市の木造建築の温もり…世界的に有名な都市や世界遺産だけでなく、個人ではなかなか訪れられない地方都市まで足を伸ばしロシアの奥深い魅力をご紹介します。

芸術の都サンクト・ペテルブルクを堪能する

1703年、ピョートル帝が築いた要塞を中心に200年にわたりロシアの首都であったサンクト・ペテルブルク。帝国の黄金期の華やかな都は北のベニス、北のパリと讃えられたほどです。1918年に社会主義革命が起こると、サンクト・ペテルブルクは首都の地位を失い、産業都市レニングラードへと名を変えました。戦火による荒廃を得ながらも

西欧的な要素とロシア的な伝統がせめぎあい、貴族の華やかさと進取の気風が溢れる、世界に無二の都となりました。

 

エルミタージュ美術館

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エルミタージュ美術館
 世界三大美術館のひとつ、エルミタージュ美術館は1754年に女帝エリザベータが冬の宮殿として建てた王宮を母体に、皇族の私的空間として増築された小エルミタージュ、女帝エカテリーナ2世が自身のコレクションを集めた旧エルミタージュ、ニコライ1世の時代に増築された新エルミタージュから成っています。
 
 300万点もの収蔵品を誇り、その中の選りすぐりを400以上もの部屋に展示しています。
 

ユーラシア旅行社のロシアツアーで黄金の環で連泊

紀元862年、現在のロシア西部に住んでいたスラブ人達が

自分達の統治者として

北方ノルマン系の民族(ヴァイキング)ルーシ族を招き、

ノヴゴロドを都とするノブゴロド公国が、

創設されたといわれています。

882年には現在のウクライナのキエフまで統一し

現在のロシアへ連なる

大国家キエフ・ルーシ公国が誕生しました。

 

時代が下り、11~15世紀頃になると、

キエフ・ルーシの支配力が弱まり、

国の北方はいくつもの公国に分裂していきました。

後にイワン雷帝の中央集権国家が確立されるまでの間、

これらの各公国の首都として繁栄を誇った街々が、

モスクワの北東部に点在しています。

これらの街を結ぶとひとつの環となることから、

この一帯は、黄金の環(わ)と呼ばれています。

 

ユーラシア旅行社のロシアツアーで

黄金の環へご案内する旅行では、

黄金の環に2~3連泊し、

これらの街をじっくりとご案内します。

ユーラシア旅行社のロシアツアーにご参加されたお客様に

「最も印象に残った地域」と挙げられることも多い、

母なるボルガ川に抱かれた

ロシアの原風景をじっくりとご堪能下さい。

 

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スズダリ、要塞クレムリンを望む
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ウラジーミル、ウスペンスキー寺院(奥)とゲオールギエフスカヤ教会の鐘楼(手前)

セルギエフ・パサード

西暦988年に、

キリスト教正教会の一員となったキエフ・ルーシ公国。

以来数多くの教会や修道院が信仰の元に建設されました。

セルギエフ・パサードは、

ルーシの精神的指導者で

現在はロシアの守護聖人である聖人セルギーが、

1345年に創設した教会を中心として形成された

門前町(ポサート)を起源として発展してきました。

 

【世界遺産】トロイツェ・セルギエフ大修道院

セルギエフ・パサードの中核をなすのが

15~18世紀にかけて発展した

トロイツェ・セルギエフ大修道院で、

ユネスコの世界遺産にも指定されています。

公国の辺境に位置し、

度重なる異民族の侵攻に備えて

16世紀には修道院の周辺に頑強な石壁が築かれました。

敷地内には、

各時代の為政者や富裕層の寄進によって建てられた

荘厳な建物が所狭しと並んでいます。

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トロイツェ・セルギエフ大修道院全景

大修道院のシンボルといえる壮麗な教会が、

ウスペンスキー大聖堂です。

1559年にイワン雷帝の命により

モスクワのウスペンスキー大聖堂を手本に作られました。

完成したのは帝がなくなった後の1585年のこと。

戦争によって装飾が描かれていなかった堂内は、

1684年に35人のイコン画家たちが集い、

ドームや壁面に壮麗なフレスコ画を施しました。

星をちりばめた青と金の印象的なドームは、

さらに後の18世紀に付け足されました。

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トロイツェ・セルギエフ大修道院、ウスペンスキー大聖堂

大修道院の現存する建物の中で

最古のトロイツキー聖堂は、

セルギーが生きた時代の修道院の理念を体現したような

禁欲的なシンプルな概観が印象的な聖堂です。

セルギーが最初に木造の小屋を建て、

後にセルギーが埋葬された場所に

1423年に愛弟子のニーコンが建立しました。

イコン画家アンドレイ・リュブロフが

この聖堂のために描いた「聖三位一体」のイコンは、

ロシアのみならず中世正教美術の最高傑作として

世界中の評価を受けています。

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トロイツェ・セルギエフ大修道院、トロイツキー聖堂

ボゴリュー・ボヴォ

水運上重要な

ネルリ川がクリャージマ川に合流するこの土地に、

キエフ大公ユーリ・ドルゴルーキー(手長公)の息子で

後に初代ウラジーミル大公となった

アンドレイ・ボゴリュブスキーが12世紀に築いた町で、

彼の居城がありました。

 

【世界遺産】ポクロフ・ナ・ネルリ教会

アンドレイ大公が、

生神女マリアを見たと言われる、まさにその場所に

ネルリ河畔の生神女庇護という意味の

ポクロフ・ナ・ネルリ教会が佇んでいます。

ブルガリア人との戦いに勝利したものの、

その戦いで息子を失ったアンドレイ大公が、

1165年に建設を命じたと伝えられています。

 

川面に映る白鳥のような美しい姿は

中世当時の姿を残しており、

ユネスコの世界遺産に登録されています。

ユーラシア旅行社の、

黄金の環を訪れるロシアツアーでは

このポクロフ・ナ・ネルリ教会にもご案内します。

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ボゴリュー・ボヴォのポクロフ・ナ・ネルリ教会
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ポクロフ・ナ・ネルリ教会のファサード。ウラジーミル・スズタリ建築特有の彫刻が施されている。

ウラジーミル

ウラジーミルの町は

10世紀末に民衆に「美しい太陽」と愛された

キエフ公ウラジーミル聖公の時代、

あるいは12世紀はじめ、

彼の曾孫ウラジーミル・モノマーフ公が、

公国の守りと正教布教のセンターとして

整備したと考えられています。

12世紀半ばに

公国の首都をウラジーミルに移したのは

彼の孫アンドレイ・ボゴリュブスキー公でした。

公国が影響力を増すにつれ街は繁栄し、

モンゴルの侵攻の後

政治的な中心がモスクワへ移るまで続きました。

 

この地域は伝統的に木造建築が主流でしたが

12~13世紀にかけて

白亜に輝く石造建築が盛んに建造されました。

ユーラシア旅行社のロシアツアーでの

ウラジーミルを訪れるツアーでは、

世界遺産の建築群にご案内いたします。

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ウラジーミル、黄金の門。要塞でありながらエレガントな建築の特徴が伺える、街の正門

【世界遺産】ウスペンスキー寺院

都をウラジーミルに移したアンドレイ公が、

この地方の信仰の中心とするべく

1189年に建立しました。

 

ルーシの中心キエフや

古都ノヴゴロドにあった聖ソフィア教会を凌ぐ

高さ32.3mの大聖堂に、

当代随一の都作りに邁進したアンドレイ公の、

並々ならぬ熱意がうかがえます。

後にロシアの中心がモスクワに移るまで

正教の主教座もこの地に置かれました。

歴代ウラジーミル公たち肝いりの

壮麗な装飾が施された大聖堂です。

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ウラジーミル、ウスペンスキー聖堂

【世界遺産】聖ドミトリエフスキー寺院

2代目ウラジーミル公でアンドレイ公の異母弟の

フセヴォロード公の守護聖人にちなんだ、

1190年建立の教会です。

もとは大公の宮殿に繋がる礼拝堂でした。

遠めにはシンプルな教会ですが、

外壁にはびっしりとレリーフが施されています。

世界遺産である

ウラジーミルとスズダリの白亜の建築物群でも

特にはっきりと中世のルーシ建築の装飾や、

装飾の題材である聖書や伝説などの

彼らの文化的な背景知識を

ご覧いただくことが出来ます。

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ウラジーミル、聖ドミトリエフスキー寺院

スズダリ

スズダリの町の起源は古く、

紀元前にはフィン・ウゴル語族が生活しており、

9世紀頃にはスラヴ人が流入し、彼らと同化しました。

スズダリの名は、

周囲の他都市に先駆けて、

11世紀初頭の年代記に見つけられます。

 

12世紀にロストーフ・スズダリ公国から

ウラジーミル・スズダリ公国へと

黄金の環の中心が移り変わるのに併せて、

政治の中心はウラジーミルに移りましたが、

スズダリは歴史的な街としての価値や

宗教的な求心力を失うことはありませんでした。

多くの教会が建ち、

スズダリ建築は独自性を磨いてゆきました。

後代、スズダリの建築家達が

新しい都モスクワで腕を振るったため、

スズダリの建築はモスクワ建築の原点といわれます。

 

ユーラシア旅行社のロシアツアーで

黄金の環を訪れるツアーでは、

スズダリの世界遺産である、

ウラジーミル・スズダリの白亜の建築物群にご案内します。

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要塞のクレムリン
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カーメンカ河とポクローフスキー修道院

【世界遺産】要塞クレムリン

クレムリン、とは要塞を意味する言葉で、

ルースの国造り、都市計画の中心を成す概念です。

スズダリに限らず、モスクワや他の都市でも

クレムリンと呼ばれ区画があります。

都市の主要機関である

大公やツァーリ(皇帝)の居城、

彼らの威容を大いに示す大教会など

政治的・宗教的中心機関が集まり

古くは木や土嚢、

後には石壁によって守られていました。

 

スズダリのクレムリンの中心は、

1225年建立のロジュジェーストヴェンスキー教会で

スズダリ・ウラジーミル建築の

お手本とも言うべきものです。

今日スズダリに現存する最古の教会建築でもあります。

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スズダリ、要塞クレムリン内のロジュジェーストヴェンスキー聖堂

【世界遺産】スパソ・エフフィミエフ修道院

14世紀末、

スズダリには15もの修道院がありました。

16~17世紀にかけて

戦乱や火災に遭いながら、

今日あるような壮麗な街と教会が造られました。

 

高台にあるクレムリンの眼下には

ゆるやかにカーメンカ川が流れ、

対岸には女子修道院の

ポクローフスキー修道院があり

クレムリンと同じ側の町外れにあるのが、

スパスキー(救世主)と

初代修道院長の名を冠した

スパソ・エフフィミエフ修道院です。

修道院の外側も、

クレムリン同様壁で囲まれており

厳しい時代に立てられた修道院の

歴史を物語っているようです。

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スパソ・エフフィミエフ修道院、スパソ・プレオブラジェンスキー教会と鐘楼

木造建築博物館

ソ連時代、

スズダリは歴史的ロシア建築保存都市に指定されました。

6~17世紀の白亜の石造建築の修復や保護とあわせ、

11世紀の修道院跡地に

近隣の木造建築が移築されました。

民家や教会などを10年かけて集め

かつて農村を再現するように配置されました。

 

ユーラシア旅行社のロシアツアーで

スズダリを訪れるものでは

この野外木造建築博物館にもご案内いたします。

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スズダリ、木造建築博物館のプレオブランジェンスカヤ教会

【世界遺産】ヤロスラーブリ

伝説によると、

11世紀初頭にヤロスラフ賢公がこの街を攻略した際、

土着の信仰の対象であった雌熊を戦斧で殺し

キリスト教と自らの支配を確立したといわれます。

ヤロスラーブリの名前は賢公に由来したもので、

街のシンボル戦斧を担いだ熊もこの伝説に由ります。

モスクワ大公国時代以降、

ヴォルガ河畔にあるヤロスラーブリは

白海へ通じる交易都市として発展し

町全体は近代化されましたが、

旧市街は中世の様相をとどめ、

ユネスコの世界遺産にも指定されています。

 

ユーラシア旅行社のロシアツアーで

黄金の環に3泊するものでは、

ヤロスラーブリ旧市街の観光にご案内します。

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ヤロスラーブリと街のシンボルの熊

スパソ・プレオブランジェンスキー修道院

ヤロスラーブリのクレムリン内にある修道院で、

12世紀後半からの歴史を持つ

ヤロスラーブリ最大の修道院です。

中心となるスパソ・プレオジェンスキー大聖堂は

16世紀の建物です。

モスクワを追われたイワン雷帝が、

一時この修道院に身を寄せたこともあります。

リトアニア・ポーランド軍やモンゴルの襲来に備え

強固な石壁や見張り台なども備えた修道院です。

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ヤロスラーブリ、スパソ・プレオブラジンスキー修道院内の鐘楼とヤロスラーブリ奇跡教会、大聖堂

イリヤ・プロロク教会

近代的なヤロスラーブリの町ですが、

18世紀の街づくりで基本となったのは中世の教会です。

放射線状に広がる大通りの基点は

17世紀のイリヤ・プロロク教会です。

預言者イリヤを祀る教会の見所は

地元の画家が描いた堂内のフレスコ画。

西ヨーロッパとロシアの芸術の融合が見られます。

 

※フレスコ画保護のため、

天候により教会に入れない場合がございます。

 

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イリヤ・プロロコ教会

ユーラシア旅行社のロシアツアーで世界遺産キジ島の木造建築を訪ねる

ペトロザヴォーツクから船で67km。

オネガ湖に浮かぶキジ島は キジ(儀式)の名の通り、

古来より自然崇拝の神聖な土地とされてきました。

人々が正教を信仰した後も

聖なる場所として受け継がれてきました。

周辺の島を含めて16世紀には130の村がありました。

 

ピョートル1世の時代、

北方戦争に勝利すると国境が北に後退し、

安定した時代がやってきました。

この地がロシアに帰属したことを祝い

見事な木造建築の教会が築かれることになりました。

キジ島には、プレオブランジェンスカヤ教会等の

この島にもともとあった木造教会に加え、

オメガ湖一帯から移築された

教会や民家など“北の奇跡”とも言われる

木造建築の傑作を集めた野外博物館となっています。

 

ユーラシア旅行社のロシアツアーでは

島全体が世界遺産に登録されている

キジ島を訪問するものもございます。

ロシアツアー、キジ島ツアー
キジ島、プレオブランジェンスカヤ教会と19世紀のオフシェーネブ村の家
ロシアツアー、キジ島ツアー
キジ島、鐘楼、プレオジェンスカヤ教会とポクロフスカヤ教会

プレオブランジェンスカヤ教会

1690年に落雷で焼失した記録があるので、

それ以前からキジ島にあり、

中心的な役割を果たしていたと考えられています。

22ものドームを持つ現在の姿は、

北方戦争勝利後の1714年に完成しました。

釘は一本も使わず組み立てられたとは思えない、

完璧な造詣とバランスを誇っています。

 

※キジ島の教会は2020年にかけて

部分的に修復工事が行われています。

ロシアツアー、キジ島ツアー
キジ島のプレオブラジェンスカヤ教会

ポクロフスカヤ教会

ロシアの教会は、

夏用の大きいものと

冬用の暖房設備を持った小さいものが対で作られます。

ポクロフスカヤ教会は、

プレオブランジェンスカヤ教会の冬用の教会で、

老朽化のため 17世紀に再建の計画が立ち、

以前の建物は解体されました。

プレオブランジェンスカヤ教会の完成の後

あまりに完璧なその教会に併せて

冬用の小教会を作るのは決して容易ではなく

職人は2度も立て直しながら

11のドームを持つポクロフスカヤ教会を

1764年に完成させました。

 

さらに1874年には鐘楼が再建されましたが、

160年もの歳月を隔てた3つの建物が

どの角度から見ても美しく調和を保っているのは

それぞれの高さや距離を計算しつくした

絶妙な配置によるものなのです。

ロシアツアー、キジ島ツアー
キジ島、ポクロフスカヤ教会

ペテロザヴォーツク

ロシア連邦カレリア共和国の首都であり

キジ島観光の拠点です。

カレリア人は現在のフィンランド南東部から

ロシア北西部にかけて暮らす人々で

ウラル系の言語を話し

スラブ人とは異なる文化や歴史を築いてきました。

 

この街は、 ピョートル帝、エカテリーナ帝の頃から

大砲や碇などの鉄鋼業や

軍事工場地帯として開発されました。

ユーラシア旅行社のロシアツアーでは

カレリア地方の伝統の踊りを

ペテロザヴォーツクにて

ご覧いただくコースもございます。

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ペテロザヴォーツクのピョートル大帝像

【世界遺産】血の教会(スパス・ナ・クラヴィー)

正式名称はキリストの復活教会という

1907年に完成した教会です。

1881年にこの場所で暗殺された

皇帝アレクサンドル2世を偲ぶ教会ですが、

レンガとカラフルな石の装飾が鮮やかで

ロシア的でリズミカルな外見が印象的です。

 

【世界遺産】聖イサク教会

ピョートル1世の守護聖人聖イサクを祀った教会。

デザインの変更や補強のため度々立て直され、

現在のものは、

1858年に宮廷建築家のモンフェランが

40年もの歳月をかけて完成させた4代目です。

サンクトペテルブルクのシンボルであり、

総本山ともいえる聖堂です。

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スパス・ナ・クラヴィー

ユーラシア旅行社のロシアツアーでは、エルミタージュ美術館見学は4~5時間

大使の階段(ヨルダン階段)

宮殿内のほかの部屋に遜色ない

壮麗な装飾が施された祝典用の大階段。

かつて各国大使を迎え入れた階段は、

現代、世界中から訪れる観光客をお迎えします。

 

紋章の間

ロシア各県の紋章がデザインされた

ブロンズ製のシャンデリアと

黄金塗りの柱が印象的なホール。

今は銀器の展示室として使用されています。

 

1812年祖国戦争の間

1812年のナポレオンのロシア遠征の際、

戦いに参加した英雄クトゥーゾフら

300人もの将校たちの肖像画が並びます。

 

パヴィリオン

かつて皇帝や家族が、

友人たちと私的な時間を楽しんだ

小エルミタージュにあります。

シュタケンネイダー設計の明るい部屋。

展示してある孔雀の仕掛け時計も見事です。

 

イタリア美術

ヴァチカンのラファエロ回廊を模した回廊や

レオナルド・ダ・ヴィンチ、

ラファエロ、ティッツィアーノやカラヴァッジョ等

ルネサンス~バロックを中心に

ひとつひとつが傑作といえる作品が

新エルミタージュにまとめられています。

 

フランドル美術、スペイン美術

ゴヤやベラスケス、ルーベンスなどの

バロックを代表する画家の作品も

所狭しと展示されています。

 

19~20世紀の美術

ゴーギャンやルノワール、セザンヌやゴッホ、

ピカソやマティスなど

近現代を代表するの作品もコレクションのひとつです。

 

黄金の間

ギリシャやローマなどの古典美術も充実。

古代遊牧騎馬民族スキタイ族の

黄金コレクションを納めた

黄金の間までご案内するツアーもございます。

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エルミタージュ美術館、小エルミタージュのパヴィリオン
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エルミタージュ美術館
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エルミタージュ美術館

【世界遺産】エカテリーナ宮殿(プーシキン)

サンクト・ペテルブルク郊外の

皇帝たちの避暑地、

かつてツァールスコエ・セロー、

現在はプーシキン区と呼ばれる街にある

エカテリーナ宮殿。

1717年にエカテリーナ1世が建て、

娘のエリザベータ帝の時代、

1752~56年にかけて

イタリア人建築家ラストレーリの設計で改築されました。

その後、最後の皇帝ニコライ2世の時代まで

パッラーディオやチャールズ・キャメロンなど

世界的に有名な建築家を招き

庭園や回廊、東屋などが追加されました。

宮殿も何度か改修や増築が加えられ、

バロック様式とネオクラシック様式を基調とし

さらにロシア文化が融合した現在の姿となりました。

このような類稀な様式により、

世界遺産にも指定されています。

 

琥珀の間

エカテリーナ宮殿内で最も美しいといわれる一室。

その名の通り部屋の内面が琥珀で出来ています。

エリザベータ女帝の時代には、

冬の宮殿(現エルミタージュ美術館)にあったものを

エカテリーナ2世がこちらに移築しました。

オリジナルは第二次大戦下にドイツ奪われ、

戦火で焼失してしまったといわれています。

乏しい資料を基に20年以上の歳月をかけて修復され、

2003年、再び世界に公開されました。

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エカテリーナ宮殿
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エカテリーナ宮殿

【世界遺産】夏の宮殿(ペトロヴォレツ)

サンクト・ペテルブルク中心から

西へ約30kmほどの所、

フィンランド湾に面したペテロヴォレツという街に

ピョートル大帝の時代からの

夏の宮殿があります。

正式名称はボリショイ大宮殿といい、

1714年に着工し25年に完成、

1917年まで皇帝一族が夏を過ごした宮殿です。

 

夏を涼しく過ごすために作られた

この宮殿の庭園の数多の噴水が見事です。

※庭園の噴水をご覧いただけるのは、

5月下旬~10月上旬までです。

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夏の宮殿の庭園の噴水

ユーラシア旅行社のロシアツアーでは古都ノヴゴロドも訪れます

現在はサンクト・ペテルブルクと

モスクワの2都を結ぶ街道沿いの一都市ですが、

10世紀頃この“新しい街”という名前の町にいた人々が

勢力をつけて南下し、

キエフ・ルーシ公国を成立させた、

歴史上非常に重要な古都です。

ヤロスラーフ賢公が築いた

ノヴゴロドのクレムリンは

ロシア最古のクレムリンといわれています。

 

聖ソフィア寺院

クレムリンの中核をなした教会で、

現在もロシアで最も重要視される聖地のひとつです。

キエフ公国において

キエフに継ぐ都市であったノヴゴロドにふさわしく

ロシア古来の様式と最新のビザンツ様式を合わせて

建てられました。

 

ユリエフ修道院

1030年にヤロスラーフ賢公が創設した修道院で

現在の建物が全て出来上がったのは、

19世紀半ばのことです。

12世紀のゲオルギエフスキー聖堂など

ノヴゴロドの古代教会建築が残されています。

聖ソフィア寺院と共に、世界遺産にも登録されています。

 

ユーラシア旅行社のロシアツアーでは

古都ノヴゴロドにご案内するツアーもございます。

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ノヴゴロド、聖ソフィア鐘楼
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ノヴゴロド、聖ソフィア寺院
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ノヴゴロド、ユリエフ修道院

ユーラシア旅行社のロシアツアーでは500年の都、首都モスクワに連泊

ウラジーミル・スズタリ大公国の一部が

13世紀にモスクワを中心にモスクワ公国として成立、

大公国がモンゴルの支配下に下ると、

モスクワはモンゴルの下で着実に力をつけていきました。

14世紀半には大公位を奪い府主教をモスクワに移し

実質上モスクワ大公国という一個の国の成立が、

事実上果たされたといえます。

1480年にモンゴルからの独立を果たし、

547年に雷帝イヴァン4世が

「大帝(ツァー)」を宣言した後は、

ロシア・ツァーリ国の首都として大いに発展しました。

帝政期に首都はサンクト・ペテルブルクに移りましたが、

戴冠式など歴史的なセレモニーは

依然としてモスクワで執り行われ、

古都としての威厳を保ってきました。

 

ソヴィエトにより1918年に首都機能が戻された後は、

ソヴィエト連邦、ロシア連邦の首都として

世界に大きな影響力を及ぼしました。

現在人口1150万人を超すヨーロッパ第1の都市で

超大国の首都として更なる発展を続けています。

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赤の広場

クレムリンでは宝物殿(武器庫)、ダイヤモンド庫も見学

【世界遺産】クレムリン

12世紀半ば、

ロストーフ・スズダリ公のドルゴルーキーは、

キエフ大公の座を狙うため、

モスクワ川がカーブする土地に

新しく壕と土塁に囲まれた都市を建設しました。

1331年に、

ギリシャ語の一岩壁を意味するクレムノスから

壁に囲まれたモスクワの要塞は

クレムリンと呼ばれるようになり、

以来ロシアの他の町においても

政治や宗教の中心である要塞を

クレムリンと呼ぶようになりました。

13世紀末から今日までの

多くの教会や建造物が残されている

モスクワのクレムリンは、

世界遺産にも登録されています。

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モスクワ、クレムリン

ウスペンスキー寺院

ロシアにおいて

大きな権力を持つようになったイヴァン雷帝が、

モスクワを政治的・宗教的な首都とすべく

クレムリンを再建した際にまず着手したのが

ウスペンスキー聖堂の再建でした。

ウラジーミルの同教会を模し1472に完成しましたが、

わずか2年後には地震で崩壊してしまいました。

現在のものは地震後の79年に完成したものです。

シンプルな外観と

正教らしい壮麗な内部装飾が今も残っています。

 

武器庫(宝物殿)

19世紀半ばナポレオン戦争に勝利して高まった

愛国心や民族主義はモスクワにも到達しました。

大クレムリン宮殿や様々な武器を展示した

ロシア初の歴史博物館である武器庫は

この頃に建てられました。

武器庫は武器だけでなく皇帝家の私物や

外国王室からの贈り物などが展示されています。

 

ダイヤモンド庫

武器庫の一角にあり、

その名の通り

皇室の所有していた数々のダイヤモンドを展示しています。

武器庫内でこのダイアモンド庫は別料金となるため

見学しない旅行者も見かけますが、

エカテリーナ2世の

世界最大のダイアモンド「オルロフ」は一見の価値有です。

ユーラシア旅行社の

ロシアツアー(ツアーコードがEUから始まるもの)で

モスクワを訪れるツアーでは、

このダイヤモンド庫までご案内します。

 

 

ロシアツアー
モスクワ、ウスペンスキー大聖堂
ロシアツアー
エカテリーナ2世のドレス(武器庫)

【世界遺産】赤の広場

中世、クレムリンの要塞の壁の直ぐ外側には

商工街の市場が広がっていました。

他国からやってきた商人たちは

この市場で活発に取引をしたことでしょう。

クレムリンと民衆との接点でもあった大広場は

16世紀頃には首都の広場として

徐々に政治的な意味合いを増していきました。

1658年に赤・美しい・祝典のという意味の

クラースナヤ広場と正式に名づけられ

今日まで、

モスクワの、そしてロシアの中心広場として

人々に愛されています。

 

【世界遺産】聖ワシリー寺院

1561年にイヴァン雷帝の命で完成した教会は

それまでクレムリンの中に作られた教会と違い

民衆の場である赤の広場に建てられました。

同じモチーフを大きさを変えて繰り返し用いる

ロシアの伝統的な建築技法と

ローマなど各地から取り入れた新しい要素を交ぜた

皇帝権力の確立と

新しい帝国の誕生を象徴するような教会です。

 

 

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モスクワ、聖ワシリー寺院

トレチャコフ美術館

ロシア国内の伝統的な美術品の収蔵では

モスクワのトレチャコフ美術館は見逃せません。

創始者は

代々工業・商業を営むトレチャコフ家の

パーヴェルとセルゲイ兄弟。

1851年に邸宅内に美術ギャラリーを開き、

私財を投じて集めた

ロシアの油彩画や絵画、イコンを

展示したのが始まりでした。

1892年に2000点もの美術品と共に

美術館はモスクワに寄贈されました。

その後も多くの愛好家からの寄贈を受け

世界で最も多くの

ロシア芸術を所有する美術館として有名です。

 

ユーラシア旅行社のロシアツアーでは

モスクワでトレチャコフ美術館(旧館)を訪れ、

ロシア・イコンの最高傑作「三位一体」等の

ロシア美術をご覧いただくツアーもございます。

 

ロシアツアー
聖三位一体(トレチャコフ美術館蔵)

ノヴォデビッチ修道院

1524年にモスクワ大公ヴァシーリー3世の命で

モスクワ川の畔に建てられた正教の女子修道院です。

スモレンスクの生神女教会を中心に発展し、

周辺の村を得、

また時代を追うことに建物も増築されて

身分の高い女性達をかくまうこともあった

広大で強力な修道院となりました。

幸い、ナポレオン軍の破壊も免れ

歴史的な建物が多く残されており、

世界遺産にも登録されています。

 

チャイコフスキーが「白鳥の湖」の構想を練ったことや

トルストイの「戦争と平和」や

「アンナ・カレリーナ」に登場するなど

ロシア文学や芸術においても

重要な役割を果たしたことで有名です。

 

ユーラシア旅行社のロシアツアーでは、

モスクワのノヴォデビッチ修道院にも

ご案内するツアーがございます。

ロシアツアー
ノヴォデビッチ修道院

コローメンスコエ

モスクワの郊外に

イワン雷帝を始め歴代の皇帝が別荘を建てた

コローメンスコエがあります。

ロシア各地から移築された、

16~19世紀の教会や木造建築などが集められた

野外文化財博物館になっています。

 

ユーラシア旅行社のロシアツアーでは

モスクワからさらにコローメンスコエまで

足を伸ばすものもございます。

 

【世界遺産】主の昇天教会(ヴォズネセーニエ教会)

1532年に建設された、

ロシア最古の石造教会であり、

ユネスコの世界遺産にも登録されています。

言い伝えでは、

イヴァン雷帝の生誕を記念して建立されたといいます。

奇跡のイコンと噂される「護国の聖母」が

この教会に納められています。

ロシアツアー
コローメンスコエ、主の昇天教会

ユーラシア旅行社のロシアツアーではサンクト・ペテルブルクでバレエ(またはオペラ)を鑑賞

本場ロシアのバレエ

イタリアで生まれ、フランスで発展したバレエは

19世紀のロマン主義の衰退と共に

フランスを始めヨーロッパ諸国では衰退しました。

一方、18世紀以降欧化政策を採ったロシアでは

フランスで流行したロマンティック・バレエを継ぎ、

現代クラシック・バレエと呼ばれる

新しいバレエを発展させていました。

時代の転換の中でバレエの中心は

ロシアの都サンクト・ペテルブルクへ移り、

世界一の作家や踊り手が集まるバレエ都市となったのです。

 

世に三大バレエと呼ばれる

「眠れる森の美女」、 「くるみ割り人形」

そして「白鳥の湖」の3作は、

この頃サンクト・ペテルブルクで初演され、

世界へ羽ばたいてゆきました。

 

ロシアのオペラ

18世紀、バレエと時を同じくして

ロシアに輸入されたオペラ。

19世紀のグリンカを筆頭に、

ロシア独自のオペラが作られるようになりました。

ムソルグスキー、リムスキーそしてチャイコフスキー。

プーシキンの作品を題材に

ロシア語で歌われるオペラは、

まさに

ロシアで演じられるために生まれたものといえるでしょう。

 

ユーラシア旅行社のロシアツアー

(ツアーコードがEUで始まるもの)で

サンクト・ペテルブルクに滞在するツアーでは、

滞在中本場のバレエ(またはオペラ)鑑賞に

ご案内いたします。

チケット代や送迎も予めツアーに含まれています。

ロシアツアー
本場のバレエを堪能(イメージ)

白夜祭にもご案内

サンクト・ペテルブルクの

世界遺産のひとつマリインスキー劇場。

その芸術監督が主宰する、夏の風物詩

「白夜の星国際音楽祭」。

マリインスキー劇場をはじめとする

格式高い劇場で良質のバレエやオペラが夜毎催されます。

 

ユーラシア旅行社のロシアツアーでは

サンクト・ペテルブルクを訪れるツアーでは

白夜祭の期間中は、

通常ツアーでご案内するバレエ(またはオペラ)に代え、

より格式高い、白夜祭の公演にご案内いたします。

 

※プログラムにより、マリインスキー2または

コンサートホールでの観劇となる場合がございます。

ユーラシア旅行社で行くロシアのツアー サンクトペテルブルグ 芸術 オペラ 観劇 観光 旅行 旅
マリインスキー劇場/サンクトペテルブルグ(Cresit: Mariinsky Theatre)

ユーラシア旅行社のロシアツアーでロシアの伝統料理を味わう

日本でもすっかりおなじみの

ボルシチやピロシキといったロシア料理。

体が温まり栄養万点の伝統の家庭の味から

洋の東西が混ざり宮廷で発達した料理まで…

ロシアならではの味をお楽しみ下さい

 

※写真は過去のユーラシア旅行社の

ロシアツアーで撮影したものですが、

盛り付けなどは一例です。

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ロシアのクレープ「ブリヌイ」食事にもデザートにもなります。ツアーではイクラを添えてどうぞ
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壺入りシチュー「ガルショーク」飲み頃で冷めない壷料理は北国ならではの智恵です。
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肉や野菜が詰まった「ピロシキ」は、揚げパンではなくて焼きパン状態のものが本物なのです。
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ペリエニ(ロシア風水餃子)具はお肉や魚、お芋など。スメターナ(サワークリーム)をかけていただきます。
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お肉とキノコなどをホワイトソースで煮込んだ「ビーフストロガノフ」は発祥の地と言われるサンクト・ペテルブルクでどうぞ
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ロシア料理に欠かせない赤カブ「ビーツ」を使った「ボルシチ」スープ。味噌汁と同じように作り手によって少しずつ味や具が変わります。

ユーラシア旅行社のロシアツアーは一年を通じてロシアを楽しみます

ロシアの季節は白夜祭などで人気の夏だけではありません。

ユーラシア旅行社のロシアツアーでは

美術館が空いていて鑑賞に最適な冬~初春、

野花咲く春や黄葉の秋など

一年を通してロシアの旅にご案内いたします。

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5月下旬、夏の宮殿の庭園に咲くチューリップ
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9~10月発のロシアツアーではライトアップされた夜のモスクワにご案内
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10月は各地で黄葉が楽しめます
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