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〔特集〕ヨーロッパの異郷、バスク

フランスバスク、バイヨンヌの街並みヨーロッパの西の端、ピレネー山脈が大西洋と出会う地域をバスクと呼びます。

長い歴史の中で、フランス、スペイン両国に分かれて編入されていますが、

人類史の黎明から脈々と受け継がれる伝統と文化は、今もこの地に根付き、その独特の風土や美食文化、街並みは、どれもヨーロッパの中でも一際輝きを放ち、私たちを強くひきつけてやみません。

→スペインのバスク地方

→フランスのバスク地方

→バスクの美食

→バスク地方への旅

バスクとは

フレンチバスク、アスカンで見かけた墓石

お墓に刻まれたバスク十字。

ちなみにこの前方後円墳の

ような形の墓石もバスク独特のもの

アフリカで生まれた人類が、一進一退を繰り返しながら世界へ広がり始めた頃、大西洋とピレネー山脈がであう現在のスペインやフランスのあたりは、湿気を含んだ恵みの雨が石灰岩の土壌に樫等の木々を茂らせ、多様な哺乳類が住む森と川、山や海が人々の生活を支えていました。
ここは、フランスのラスコーやスペインのアルタミラなど、太古の人類がその足跡を残す山々は、気候の変化に伴い移動を繰り返す人類を優しく守ってきた土地でもあります。

歴史的にバスクと呼ばれる地域は、スペイン北西部からフランス南西部にまたがる領域で、ヨーロッパのどの言語の影響も受けていない言葉を話し、独特と文化を持つ人々が連綿と伝統と歴史を繋いできました。

近代国家の国境がバスクを2つの国籍に別けてはいますが、今もその伝統は変わりません。

ヨーロッパのどの地域とも、似ていて、それでいて個性が色濃いバスクは、独特の風土と、先進的な感性が、21世紀の新しい価値観となって、私たちを旅へと誘います。

バスクのシンボル「ラウブル」と「イクリニャ」
フレンチバスク、旅の途中アスカンで見つけたマカロン
バスク印のマカロン

スペイン、フランスどちらのバスク地方でも、旅していて見かけるのが、この風車のようなシンボルマーク。

バスク十字と呼ばれるラウブルです。

4枚の羽が4元素をイメージしているという説もありますが、定かではありません。

一方、赤地に白十字、緑のばってんが入ったバスクの旗はイクリニャと呼ばれます。バスク人の赤、ゲルニカの樫の樹の緑、キリスト教信仰の白が合わさっているといわれます。

いずれも彼ら民族の象徴といえる記号です。
お土産屋さんのキーホルダーからマカロンの缶缶や刺繍の模様、町の彫刻等などいろいろな所で見かけます。

 
スペイン側のバスク
経済の中心地、ビルバオ
スペインバスク、ビルバオのグッゲンハイム美術館のマスコットパピーと旧市街
ビルバオの旧市街と花犬パピー
 

バスクは現在の行政区分で言うと、スペインに4県、フランスに1地方とに別れています。
そのうち、スペイン側バスクの玄関口がビルバオです。

前世紀に工業都市として発達し、バスク全体の経済を押し上げてきた街です。

現在ビルバオを訪れると、街を貫くピカピカの高速道路、いくつものドックが並ぶ港、大きなサッカー場やビル郡、郊外には工場と、近代的な街並みが海を背に広がっています。

 
旧市街とグッゲンハイム美術館
スペインバスク、ビルバオのグッゲンハイム美術館
ビルバオのグッゲンハイム美術館

そんなビルバオですが、町の中心部は古きよきバスク様式のビルが並ぶ旧市街。
狭い路地に額をつき合わせるように並ぶカラフルなビルは、ガラス張りのバルコニーや庭の花がとっても華やか。

そんな旧市街と港へ向かう運河の間にあるのが、アルミホイルをくしゃっとまとめたようなフォルムのグッゲンハイム美術館です。

アメリカにあるグッゲンハイムの分館で、中には近代美術が展示されています。

裏手の運河側には東京の六本木ヒルズに鎮座するのと同じ蜘蛛のオブジェがあり、表には旧市街に向かってジェフ・クーンズ作のお花の犬パピー(12.4m)がお出迎え。

旧市街、パピー、グッゲンハイムの共演は、なかなか他で見ることができない組み合わせだけに、(ちょっとファインダーに納めるのは大変ですが)写真栄えすることは間違いありません。

最古、そして現役の運搬橋!世界遺産のビスカヤ橋
スペインバスク、ビルバオ、世界遺産のビスカヤ橋
ビスカヤ橋のゴンドラ

ビルバオ郊外にある世界遺産のビスカヤ橋。
これは世界最古にして今も現役の運搬橋です。

運搬橋、というのは耳なじみがない方が多いと思います。

港へ向かう大型の船が通過する川の対岸へ、車を渡す方法として考案された橋です。

船が通過する川では、思いっきり高架の橋をつくっている街や跳ね橋を作っているところもありますね。

ビルバオで問題になったのは、橋の高さまで緩やかなスロープを作ることができない土地の狭さです。

そこで、1893年にエッフェル塔のエッフェル氏の弟子が建築したのがこの運搬橋。

人も車もゴンドラに載せて対岸へ渡すので、橋としては非常に省スペース。船はゴンドラの通過の合い間に橋の下をくぐります。ゴンドラは、写真では分かりにくいですが、両側に旅客用の部屋があり真ん中が乗用車などのスペース。対岸まではおよそ3分。

市民にとっては通勤通学の足で、日常的に利用されている世界遺産なのです。

 
バスクの星、アスレティック・ビルバオ
スペイン、トゥルヒージョの教会に彫られたアスレティック・ビルバオのエンブレム
アスレティック・ビルバオのエンブレム

アスレティック・ビルバオというチーム名、ヨーロッパのサッカーにちょっとうるさい人ならきっと聞いたことがあるはず。

地方色が強く、各地方の独立意識も高いスペインでは、地元のサッカーチームは地元の星。

そんなスペインのバスクを代表するのがこのアスレティック・ビルバオです。

ビルバオに本拠地をおき、選手はバスク人またはバスクゆかりの人ではないといけないという掟もある、スペインのサッカーチームの中でもかなりこだわりのチームです。

写真は、バスクから遠く離れたスペイン中西部のトゥルヒージョのとある教会の鐘楼の一部分ですが、20世紀の修復作業の折、このチームの大ファンだった石工が、チームへの愛が募るあまりに掘り込んだというチームの紋章です。

一部リーグで活躍するアスレティック・ビルバオ、その名を聞いたときには、ぜひバスクに思いを馳せて下さい。

美食の街、サン・セバスティアン(ドノスタシア)
スペインバスク、サン・セバスティアン(ドノスタシア)
サン・セバスティアンの旧市街

大西洋ビスケー湾がさらに陸に入り込んだコンチャ湾。帆立貝のように緩やかな曲線を描く静かな湾を抱きかかえるように延ばした2本の腕。

そんな形をしたサン・セバスティアンは、大西洋に面した海のリゾートであり、バスクでも指折りの美食の町です。

街を一望するにはモンテ・イゲルドの丘に登って、風を感じるには椰子が植えられた海辺のプロムナードをそぞろ歩きし、小腹が空いたら旧市街へ。

後述のピンチョを筆頭に立ち飲み飲み屋バール文化が盛んで、海の幸山の幸を取り入れた創作料理に余念がない店主が軒を連ねる旧市街は、呑み助でなくても、バールめぐりをしたくなる食の天国です。

オンダリビア(フエンテ・ラビア)の木組みの街
スペインバスク、オンダリビアにて
オンダリビアにて

スペインバスクのなかでは北の方、フランス国境すれすれの所にある、オンダリビア。

工業的に発展したビルバオや新市街の開発が進むサンセバスティアンよりもちょっと田舎という事もあって、昔ながらの木組みの家並みや、鄙びた石畳の町がよく保存されています。

悲劇のゲルニカ
スペインバスク、ゲルニカ
ゲルニカのオークの樹

ゲルニカ、ときけば多くの日本人はパブロ・ピカソの名画を思い浮かべる事でしょう。

しかし、その絵が描かれた動機や時代背景は?ときかれて、このバスクの小さな町を思い浮かべられる方は多くはないかもしれません。

中世、バスク地方の中心はこのゲルニカにあり、伝説的なオークの樹の前で、歴代の王たちは政権交代の儀式を行い、その玉座の正当性を証していました。

近代国家の波がバスクを分断しても、彼らの独立心のよりどころであったゲルニカ。しかしスペイン内乱の折、フランコ独裁政権に反旗を翻したバスクの人々を打ち砕くために、ゲルニカは爆撃され、多くの市民が犠牲となりました。

スペインの中で、同じく独立心がつよいカターニャにゆかりがあるピカソはこれに憤り、その怒りが彼にあの大作「ゲルニカ」を描かせたといいます。

バスクのオークの樹は奇跡的に爆撃を免れ、現代も娘・孫娘の樹たちがその代を受け継ぎ、彼らの伝統を未来へと伝えています。

 
この人もバスク人!フランシスコ・ザビエルの故郷、ナバーラ
スペインバスク、フランシスコ・ザビエルの生地、ハビエル城
ハビエル城

スペインバスクは、バスク自治州3県の他に、歴史的にはナバーラ州もその領域に含みます。

ナバーラ州の中心は、ヘミングゥエイの「日はまた登る」で牛追い祭りが世界的に有名になったパンプローナです。

さらに、パンプローナから東へ小1時間走ったところ、荒涼とした高原にぽつんと佇むのが写真のハビエル城です。

ここは、戦国時代の日本に広くキリスト教を広めた、“日本で最も有名なバスク人”フランシスコ・ザビエルの生まれたところなのです。

お城は後代に再建されたものですが、この姿はフランシスコが幼少のころ過ごした城を再現したもの。飛行機もない時代、遠く日本まで宣教の旅に来たフランシスコ・ザビエルもバスクの人だったと思うと、また少しバスクを見る目が変わってきませんか?

フランス側のバスク
フレンチバスク、ビアリッツ
ビアリッツ

ここからは国境の北側へ、フレンチ・バスクと呼ばれる地方へ目を向けてきましょう。

バスクの北半分がフランスに編入された時、分裂を危惧したバスクの人々は、ともにフランスの一部となることを望みましたが、結局それは叶いませんでした。

しかし今、EUという大きな枠組みのなかで、私たち日本人旅行者も、国境でパスポートを見せることなく、フランス側とスペイン側を行き来する事ができるようになりました。

写真はビアリッツ。沖合いには“処女の岩”があります。その昔、聖母マリアが難破した船乗りの命を救ったという伝説が残る場所です。

 
バイヨンヌ
 
フレンチバスク、バイヨンヌ
バイヨンヌ

きれいな川、という名をもつバイヨンヌ。

ニーブ川沿いに発達した町は、ローマ時代より、海沿いにスペインとピレネー以北のヨーロッパを結ぶ幹線道路に位置し、発展してきました。フレンチ・バスクとほぼ同義に使われる、ピレネー・アトランティック県の県庁所在地でもあります。

カラフルな木組みのマンションが並ぶ旧市街を歩くと、チョコレート屋さんが結構目に留まります。

新大陸からもたらされたカカオ、チョコレートが、スペインやポルトガルからやってきたユダヤ人によって、フランスで初めてこの街に伝えられて以来、街の名物となっています。

 
ピレネー山麓の宿場町、サン・ジャン・ピエ・ド・ポール
フレンチ・バスク、サン・ジャン・ピエ・ド・ポーにて
サン・ジャン・ピエ・ド・ポーにて

フランス・スペインにまたがるバスクは、その中心にピレネー山脈を抱き、今は両国の国境となったピレネーの山も、バスクの伝統や暮らしから切り離す事のできない存在となっています。

そんなピレネー山麓の町のひとつに、サン・ジャン・ピエ・ド・ポールがあります。

北スペインにある聖地サンティアゴ巡礼の道は、パリ・トゥールの道、ウェズレーの道、ル・ピュイの道、アルル・サンジルの道の4ルートが最も人気があるのですが、このうち前から3つのルートが合流し、ピレネー山脈越えのスタート地点となるこの街は、巡礼のスタート地として現在最も人気のあるところです。

昔ながらの街並みに、帆立貝をつけた大荷物の巡礼者たち。

マントがゴアテックスのレインウェアにかわり、頭他袋がザックになったとはいっても、中世の風景を彷彿とさせる人々が、このバスクの小さな町を一層魅力的なものに変えてくれています。

美食のバスク
バールとピンチョス
 
ピンチョスとタパスが並ぶバル(イメージ)
ピンチョスとタパスが並ぶバル(イメージ)

どの国も食文化は独自のものがありますが、スペインのそれを語るときに忘れてはならないのがバ

ール。

バールは居酒屋、というイメージが強いですが、朝食のトーストや仕事の合い間のコーヒーブレイク、富くじやタバコを買ったり、スロットでおじさんがひまをつぶしていたり、夕食前の一杯をひっかけ、 井戸端会議に花を咲かせる社交場−それがスペインのバルです。

私たち旅行者にとっては、ちょっと道を聞いたりお手洗いを借りたり頼もしい存在。

さらに、一般的なレストランが昼食は14時ごろ、夕食は20時や21時から、というスペインにおいては、私たちの腹時計に合わせて軽食を取ることもできる場所でもあります。

そんなバルで、スペイン語が知らない旅行者の強い味方がフランスパンなどバゲットにハムやサラダ、マリネなどが載ったオープンサンド「ピンチョ(ピンチョス)」や、小皿に取り分けてくれるお惣菜「タパ(タパス)」です。

カウンターにずらっと現物が並んでいますので、目で見てほしいものを指差しで頼めばいいので、言葉ができなくても問題ないのです。

そのピンチョは、実は美食の街サン・セバスティアンが発祥といわれ、旧市街にはたくさんのピンチョスが並ぶバルが軒を連ねています。店に入ったらカウンターの端や下のほうにある皿をとり、店員さんに指差しでほしいものを注文。

2つ3つ食べると結構お腹もいっぱいになりますので、迷います。

海の街サン・セバスティアンでは、魚介の具がのったピンチョスが多く、日本の方にお口に合うと好評です。

バスクの唐辛子、ギャンティーヤ
 
バスクの唐辛子(イメージ)
バスクの唐辛子(イメージ)

バスクといえば、唐辛子。

市場に行けば山盛りの唐辛子が豪快に量り売りにされていて、バールに入れば酢漬けのものや塩で炒めたりしただけの唐辛子が、これまた山盛りに。

隣の席のおじさんのテーブルにはその山盛りの唐辛子が置かれ、彼らはお酒のつまみにそれをぼりぼりと口に運んでいるのです。

辛くないのかな、と心配してしまいますが、日本のシシトウみたいなモノで、一度食べだすとぽりぽり食べ続けてしまうものです。

料理の仕方は、他にも、唐辛子を煮込んだ料理や、粉やソースにした料理もたくさんありますよ。

 
新食感!凝乳
 
バスク、素焼きのつぼに入った凝乳(イメージ)
素焼きのつぼに入った凝乳(イメージ)

山のバスクでは、古くから酪農が盛ん。特に、山羊や羊はずっと人間のよきパートナーでした。

山羊や羊の乳を使ったチーズも盛んですが、スーパーにも並ぶ庶民のデザートに凝乳、というのがあります。

英語ではカードと呼ばれるこれ、普通のヨーグルトよりも栄養素がたかいのだそう。

市場では素焼きの入れ物に入ったものもあります。生ものですのでそのまま日本に持ち帰るのは難しいですが、素焼きの入れ物だけならお土産にできるかも…。スペインではクァハーダ、フランスではブルビ、バスクではマミアと呼ばれます。

 
バスクの旅・ツアー
バスクを訪れる旅
バスク帽の男性、フランス、サリアにて
バスク帽の男性

スペイン、フランス領国家にまたがっているバスク。首都から離れた町々は、名前も効いた事がないようなところかもしれませんが、だからこそ素朴で温かい人柄や、昔ながらの家並み、先進的な建物とのコントラストを楽しむ事ができます。

ユーラシアの旅では、スペイン、フランスをもっと楽しみたい方のための旅を多数ご用意しております。

その中から、バスクの町にも足を伸ばすものをご紹介いたします。

緑のピレネー・北スペイン物語 15日間
バスクの美都から聖地サンティアゴへ 8日間
ル・ピュイから聖地サンティアゴへ 12日間
南西フランス、絵のような風景へ 13日間

 
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