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イエメン、アラビア・フェリックス「幸福のアラビア」

略史
BC10 世紀以前〜  古代イエメン地方に南アラビア文明が栄える
9 世紀〜 ザイード派(シーア派)宗教指導者が支配
16 世紀〜 17 世紀 オスマン・トルコが支配
1918 年 トルコからイエメン王国独立→ 1962 年共和革命、イエメン・アラブ共和国樹立(旧北イエメン)
1967 年 英国から南イエメン人民共和国独立→ 1969 年共産政権樹立(イエメン民主人民共和国)(旧南イエメン)
1989 年 11 月 30 日 アデン合意により南北統一への途が開かれる
1990 年 5 月 22 日 南北イエメン統合によりイエメン共和国成立
1993 年 4 月 27 日 第一回総選挙実施
1994 年 5 月 4 日 旧南北間で内戦勃発(〜 7 月 7 日)
1994 年 7 月 7 日 内戦終結
摩天楼の街
シバーム(ユネスコ世界遺産)の遠景/イエメン

名称:シバームの旧城壁都市
国名:イエメン
分類:文化遺産
遺産名(英語):Old Walled City of Shibam
登録年:1982 年

■2500年の歴史を有する、「砂漠のマンハッタン」、シバーム。地上30メートル、八階建てにもなる高層住宅が500棟近くもひしめき合う、「世界最古の摩天楼都市」。30メートル近い高層建築の主な建築資材は泥。しかも泥で作った建造物が数百年に渡って今日まで残っています。古代より珍重されてきた「乳香」(フランキンセンス)。乳香を採取できる樹木はイエメンやオマーンにしか自生していませんでした。乳香の交易路、「乳香の道」の途上に位置し、交易の拠点であったシバームは、他部族によって攻撃・略奪を受けました。街に城壁を巡らし、建物の一階に窓は作らず、四階には隣家とつながる隠し扉があるなど、シバームは攻撃に対処する要塞都市として築かました。

サナア
イエメン門「バブ・アル・ヤマン」/サナア
イエメン門(バブ・アル・ヤマン)
サナアのパノラマ
サナアの街のパノラマ
サナアの夜景
サナアの夜景
サナアのスーク
夕暮れのスーク
イエメンの首都、サナア

サナアは(Sanaa, Sana'a')サヌアとも呼ばれる、アラビア半島南西、最も高い所で標高3,760mもの高原にあります。市内には粘土で作った煉瓦造りの高層建築「摩天楼」があり、漆喰で形作られた窓も併せて、独特な景観を見せる。アラブ文化が色濃く残っているイスラムの都市であり、市内にはムスリム大学やモスクが数多く見受けられる。人口1,303,000人(2000年)。旧市街地は世界遺産に登録されている。

名称:サナア旧市街
国名:イエメン
分類:文化遺産
遺産名(英語):Old City of Sana'a
登録年:1986年

古き良きアラビア “アラビアン・ナイト”
スークのアニキ
スークのアニキ
スーク(サナア)
スークの女性(サナア)
サナアのスーク、ジャンビーヤ売場
ジャンビーヤ店、スーク(サナア)
午後のひととき
午後のひととき
古き良きアラビア
イエメンには「アラビアン・ナイト」の世界が色濃く残っている。ベールで隠された女性、半月刀ジャンビーアを着けた男、スパイスの香りが漂う市(スーク)。「世界最古の街」と呼ばれる首都サナアには、数百年の時をそのまま封じ込めたような高層建築物が林立している。ここに存在する家々、モスク、ハマム(公衆浴場)などの多くは、400年から1000年も前に建てられたものだ。南側のバブ・アル・ヤマン(イエメン門)をくぐると、巨大なスーク(市場)が広がる。セクションごとに異なった品物が売られており、銀製品のスーク、ジャンビヤ(剣)のスーク、香辛料のスークなど、とにかく多種多様で飽きることがない。

 

アデンとモカ
ランボーハウス/アデン
ランボーハウス/アデン
アデン港
アデン港
灯台/アデン
灯台/アデン
モカの港
モカの港
アデンとモカ

アデン
アデンはイエメン最大の港湾都市で、人口70万人、イエメン第2の都市。歴史は古く、紀元前7世紀に遡り、4世紀ごろには東西貿易の拠点に。1837年イギリスの支配下に、1967年ソ連介入。アラブ初の社会主義国家「イエメン人民民主共和国」(南イエメン)が誕生。アデンは統一まで首都でした。
モカ
17世紀、モカはコーヒー輸出港として隆盛を極め、人口は5万を越えました。1614年オランダが商館設置、1618年イギリス人とオランダ人が初めてコーヒーの工場を建設。コーヒーの需要は急増し、価格は暴騰。モカの町は巨万の富を築いたコーヒー商人の大邸宅が並びました。当時イエメンは世界のコーヒー市場を独占、「モカ」はコーヒーの代名詞となった。コーヒーはアラビアから持ち出しが禁止されていたが、インド人ババ・ブータンが持ち出しに成功、南インドでコーヒー栽培開始、セイロン、インドネシアにコーヒー農園誕生。イエメンの独占が崩壊、モカの町も衰退しました。1839年イギリスのアデンを占領により貿易港の地位はアデンに。そしてモカ港は潮流で運ばれた土砂がたまり、港としての機能を失い、コーヒー輸出港としての地位をホデイダやアデンに奪われました。

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