神秘の国エチオピアの旅・エチオピアツアー

エチオピア正教息づく北エチオピア、人類発祥の南エチオピアへ!

  • ラリベラ、聖ギオギルス教会

  • アクスムのオベリスク

  • ティムカット祭にて(イメージ)

  • アベベの墓

  • ハマル族

 

 

およそ3000年以上に渡り独立を維持し、アフリカ最古の独立国と言われるエチオピア。独自の原始キリスト教文化や、オモ川流域に暮らす多種多様な少数民族、アフリカ大地溝帯など、様々な魅力に溢れる国です。
 

北エチオピア最大の見所!

聖地ラリベラの岩窟教会群

BCD3・聖ギオギルス教会 ラリベラ、聖ギオギルス教会

12世紀、エチオピアはイスラム教徒に包囲され、エルサレムへの巡礼が不可能になりました。そこで、時のラリベラ王はラリベラに新エルサレム造営を決意。キリストが洗礼を受けたヨルダン川や昇天したオリーブ山、そして、一枚岩を掘り下げ、岩窟教会群を造り上げました。
最も有名な聖ジョージ教会は高さ12m、奥行き12m、幅12mの十字架の形をしており、高度な建築技術がなかった12世紀当時にこれほどの壮大な教会を掘り出した技術に驚かされます。
 

アーク伝説の地、アクスム

アクスムのオベリスク アクスムのオベリスク



伝説によると、紀元前10世紀、イスラエルのソロモン王とイエメンのシバの女王の間に生まれたメネリク1世がエチオピアに渡り、現在のアクスムを中心とする国を興しました。メネリク1世はエチオピアに渡る際、モーセの十戒を刻んだ石版を納めた「契約の箱(アーク)」をソロモン王から授かり、このアクスムへと持ち帰りました。
現在でもこの契約の箱はアクスムにある「シオンの聖母大聖堂」に保管されていると信じられています。

エチオピア最大のお祭り「ティムカット祭」にご案内!

ティムカット祭にて(イメージ) ティムカット祭にて(イメージ)

イエスがヨルダン川で洗礼を受けた事を祝い毎年、1月19日の前後3日間に渡ってエチオピア各地で開催されるエチオピア正教の宗教行事が「ティムカット祭」です。
紀元前10世紀頃、イスラエルのソロモン王の元にシバの女王が謁見に行った際に二人の間にできた子供が、後のエチオピア初代皇帝メネリク1世です。成人した彼がソロモン王を訪ねてエチオピアのアクスムに帰る際に、「モーセの十戒」が刻まれた石版を納めた契約の箱「アーク」を持ち帰り、今もアクスムにあると信じられています。エチオピア正教の各教会には、このアークのレプリカ「タボット」があり、ティムカット祭の時に運び出されます。
ティムカット祭の前日、鮮やかな衣装に身を包んだ僧侶達により、タボットは、川やプール等、水がある町の洗礼所に集められます。そこで、聖歌の合唱が行われ、一晩中、祈りが捧げられます。そして、翌ティムカット祭の当日、総司教が十字架を浸した聖水を浴びる為、数多くの信者が集まるのです。

首都アディスアベバ

エチオピアの英雄、アベベの墓も訪問

アベベの墓 アベベの墓

1960年のローマ五輪、1964年の東京五輪のマラソン種目にて金メダルを獲得したアベベ・ビキラ。
彼はローマ五輪の際に靴が壊れてしまったことを物ともせず、裸足で走りきり、見事優勝しました。
一躍、エチオピアの英雄となったアベベの墓は、現在首都アディスアベバにあります。

人類の遠い祖先!アウストラロピテクスの骨ルーシー

アディスアベバ考古学博物館 考古学博物館

1974年に米仏の調査団により、人類発祥の地と言われるエチオピアのアワシュ川上流で、約320万年前のアルストラロピテクスの骨が発見されました。一つの個体の40%もの骨格が発見され、体重30㎏、身長110㎝、18~24才の女性と推定されています。発見当時流行していたビートルズの曲名から、ルーシーと名付けられ、そのコピーが考古学博物館でご覧頂けます。

南エチオピアツアーの魅力

人類揺籃の地、少数民族との出会い

  • BCV8・ハマル族

    ハマル族

  • BCV8・ムルシ族

    ムルシ族

エチオピアを南北に貫く大地の裂け目、大地溝帯。人類が誕生し、命が育まれた場所と言われています。
ここで暮らす民族たちは昔ながらの生活を守り続けており、自然と共に日々力強く生きています。
南エチオピアツアーでは下唇にお皿をはめ込む習慣を持つムルシ族、体に白いボディペイントを施すカロ族、髪の毛に赤土を塗る習慣があり、非常に美しい民族と言われるハマル族等個性豊かな民族達の村々を訪問します。

ユネスコ世界遺産に登録された「コンソ族の段々畑」にご案内!

  • BCD3・コンソの段々畑

    コンソの段々畑

  • BCV8・コンソ族

    コンソ族

エチオピアの少数民族、コンソ族は、400年以上も前にサバンナを追われ、標高2000mを超える今のコンソ高地に移り住みました。
貧しい土地ながら、険しい崖に石を積み上げ、道や段々畑を造り、そこで作物を栽培して、自給自足の生活を確立させました。
資源の限られた自然環境の中で外敵の脅威などに備えつつ、最大限の農業生産性を上げる為に、様々な工夫を凝らし、独特の文化様式を育んできたコンソの人々。この結果生まれた文化的景観は2011年に世界文化遺産に登録されました。