日付:2015年12月の検索結果

憧れのアマルフィ海岸へ!

2015年12月28日 カテゴリ: アジア

ポジターノ

先日、「アマルフィに連泊、南イタリア・シチリア紀行10日間」より帰国いたしました。北と比べて文化も歴史も異なる南イタリアやシチリア。このツアーで、皆様が一番楽しみにされていたのはアマルフィ海岸を訪れることでしょう。

時刻は午前9時。朝食を終え、いよいよアマルフィ海岸の西部に位置するポジターノへ出発です。天気は素晴らしい快晴!昨夜まで雨に降られていた私達にとって、何よりも嬉しいことでした。アマルフィ海岸では小さなバスで移動します。海岸沿いの道や、海岸に点在する街中の道は、狭いので大きなバスが通れないのです。車窓からは青い海が、南イタリアの眩しい太陽光を反射して、キラキラと輝いています。曲がりくねった道を走っているので、目まぐるしく景色が変わっていきます。「皆様を乗せたこのバスは、このように終始くねくねした道を来ていますが、実はアマルフィ海岸は全長30kmの中に500ものカーブがあるといわれているのです。」こんな現地ガイドさんの話にも「うんうん」と相槌を打ちながら、皆様終始車から望める景色に目が離せないようでした。
いよいよ、ポジターノに到着です。タイミングを見てバスを道路の脇に止め、街の中心へと歩いていきます。途中、よく雑誌で使われている景色が撮れる写真スポットがあります。マヨルカ焼きのクーポラが美しいポジターノの教会と、岩壁に所狭しと建てられたカラフルな街並みを一緒に写すことができます。
さて、ガイドさんがこんな話を始めてくれました。ポジターノは、バカンスにもピッタリな場所とされており、ファッションの街として有名です。なんたって、ポジターノ・スタイル・ファッションという言葉がある位なのです。ポジターノは、最初にイタリアにビキニを導入した街といわれており、様々なビーチウェアやエレガントなリゾートファッションがデザインされるようになりました。
そんなお洒落な街、ポジターノを散策していると小さいビーチに到着しました。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、このビーチは2009年に公開された織田裕二が主演の映画「アマルフィ女神の報酬」のロケ地として有名になった場所です。映画の話も交えて、「この辺りに織田裕二と天野祐希が座っていました!」なんて盛り上がっていました。フリータイム中には、ガイドさんのお勧めで、ビーチにある小さなジェラート屋に皆さんと一緒に立ち寄りました。一番人気は、やはりレモン味。丁度、レモンの収穫時期であちこちの街路樹で黄色の丸々としたレモンを見かけていたので、皆様即決でした。
今回ご一緒したお客様のお1人から、「将来は、堤さんも織田裕二みたいな人とポジターノに来れるといいわね。」というお言葉を頂いて、レモン味のジェラートのせいだけではないと思いますが、どこかすっぱい気持ちになりつつ、ポジターノを後にしたのでした。(堤)

本場のクリスマスマーケットを体験!(ドイツ・コンスタンツ)

2015年12月25日 カテゴリ: 西欧・南欧情報

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メリークリスマス!日本ではクリスマスよりクリスマスイブの方が盛り上がりますが、皆様はどのようにお過ごしでしょうか。

さて、私は先日、ドイツのコンスタンツへ行ってきました。コンスタンツはスイスとの国境に面していて、ドイツ最大の湖ボーデン湖畔にある町です。後の宗教改革の発端とも呼ばれるコンスタンツ公会議(1414~1418年)でも知られています。

ドイツの冬は凄く寒いイメージですが、コンスタンツは湖畔に面しているため比較的暖かく、さらに今年は暖冬ということもあり快適に過ごせました。

ドイツの冬の風物詩と言えば11月後半から開催されるクリスマスマーケット。
クリスマスは一年のうちでも重要なイベントのひとつで、クリスマス前の4週間はアドヴェント(待降節)と呼ばれます。ドイツのどんな小さい町でも、町の中心はクリスマス一色に模様替えし、沢山の屋台が出店するクリスマス・マーケットが開かれます。

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日本ではまだ、あまり知られていませんが、コンスタンツのクリスマスマーケットは150軒以上のお店が並ぶドイツの中でも大きな規模を誇ります。私が訪れた時もドイツだけでなく隣国のスイス、オーストリア各地からの観光客で賑わっていました。
クリスマスマーケットでは地元の人たちがクリスマスを迎えるためのツリーの飾り、かわいらしいくるみ割り人形やレープクーヘンと呼ばれるクッキー売られているだけでなく、焼きソーセージやワッフルなどの食べ物もあり、散策するだけでも楽しくなります。

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中でも、クリスマスマーケットの散策に欠かせないのがグリューワインというホットワイン。赤ワインとオレンジピールやシナモン香辛料を温めて作る飲み物で、飲むだけでポカポカと暖まります。日本では1杯1000円近くしますが、ドイツではなんと1杯3ユーロ!!寒空の下、至る所でグリューワインを飲みながら談笑している人たちを見かけました。
グリューワインが入ったマグカップはお土産として持ち帰ることが出来ます、ご一緒した方の中には「日本に帰ったらこのマグカップでココア飲もう」とか「かわいいからインテリアにしよう」などの声もお聞きしました。
また、マグカップはその都市の名前やその年の年号が描かれるのが一般的ですが、毎年デザインも変わり、長靴型のマグカップが登場するときもあるそう。さらに、各街ごとでデザインも異なっているため、欧州の観光客は様々な街のクリスマスマーケットを巡って、それぞれの街のマグカップを集めてコレクションにするのも、クリスマスマーケットの楽しみの一つになっています。

イルミネーションに心奪われる、グリューワインで暖まる、クリスマスグッズをたくさん購入する、思い思いの過ごし方で、童心に戻って楽しめる、そんな冬ならではの楽しみを感じられたひと時でした。(三浦)

>>>ドイツツアーはこちら
>>>クリスマス特集はこちら(2016年のクリスマスツアーは4月頃発表予定)

インドのラスコー?岩陰に描かれた岩絵

2015年12月24日 カテゴリ: アジア情報

先日、「神秘の石窟寺院、アジャンタ・エローラ紀行 7日間」のツアーより帰国致しました。アジャンタ石窟寺院とエローラ石窟寺院はもちろん、サーンチーのストゥーパ、ビンベドカまで足を延ばし、インドの遺跡を堪能致しました。

岩絵と言えばスペインのアルタミラ、フランスのラスコーなどが頭に浮かびますが、実はインドにもビンベドカという1万年以上前に描かれたとされる岩絵があります。1957年に発見され、2003年には世界遺産に登録。ここは他の観光地とは違って、観光客もインド人も少なく、ゆったり楽しめる、まさに穴場!たっぷり1時間30分かけて一つ一つの岩絵を見学していきました。

ビンベトカがあるのはマディヤ プラデーシュ州のボパール、インドのちょうど真ん中にある街の郊外。この街はイスラム教徒が4割を占め、52ものモスクもあります。ボパールのホテルを出発して、1時間程かけてビンベトカへ向かいます。この辺りは乾燥している地域で日中でも暑さが気にならず、出発の朝は涼しいくらいでした。

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ビンベトカの岩絵はアルタミラやラスコーの岩絵のように薄暗い洞窟の中ではなく、岩陰の側面に描かれており、柵のようなものがあるものの、こんなに近くまで寄ってみてもいいの?と疑問に思う程の距離まで近づいてみることが出来ます。明るいので写真もとりやすく、懐中電灯ももちろん不要。見ていくうちにちょっとだけ、外気にさらされている岩絵が今後風化してしまわないか不安な気持ちにもなりました。

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狩猟や民族舞踊、儀式、戦争、動物などの多種多様なモチーフが主に赤や白、黄色の顔料で描かれ、当時の人々の暮らしが垣間見えます。再び個人でじっくり訪れたい世界遺産の一つです。(長田)

ユーラシア旅行社で行くインドツアーはこちら

エチオピアの国民食インジェラとコーヒー

2015年12月22日 カテゴリ: アフリカ情報

エチオピアツアー

エチオピアツアー

先日、「エチオピアの神髄8日間」の添乗より帰国しました。皆様はエチオピアと聞いて何をイメージするでしょうか。 “アフリカ大陸に位置する国”と、これくらいしか思い浮かばない人も少なくないのではないでしょうか。
実は、2015年からエチオピア航空が成田空港に就航し、なんとエチオピアまで乗り継ぎなしで訪れることが出来るようになりました!今回はそんな意外と近い!?“未知の国、エチオピア”で愛される国民食“インジェラ”と“コーヒー”をご紹介させて頂きます。
現地でのお食事を旅の楽しみとされている方は多いことでしょう。そんな皆様に是非試して頂きたいのがエチオピア人が愛してやまない“インジェラ”です。インジェラの原料となるのはキビのような穀物テフ。テフを粉にし、発酵させ、クレープ状に焼きあげます。これだけで食べるとあまりの酸っぱさに驚いてしまいますが、ワットと呼ばれるシチューをくるんで食べればまさに絶品です。旅の最後にはインジェラの虜になること間違いなし!また、インジェラはレストランはもちろん、各家庭でも手作りされます。毎回微妙に異なる酸味や色を楽しめます。
 そしてインジェラと同じくらい、エチオピア人に欠かせないものは“コーヒー”です。コーヒーはただ飲むのではなく、生豆を煎るところから始まり、粉にし、香りを楽しみながら2時間近くかけて、ゆっくりと3杯のコーヒーを飲みます。日本で言う茶道のようなコーヒーセレモニーと呼ばれる儀式を各家庭で毎日行っているそうです。私達も、民家の庭で、日本の忙しい毎日ではとうてい考えられないような、ゆったりとした時の流れの中、コーヒーセレモニーを体験しました。
そんな、エチオピア人になくてはならないインジェラやコーヒーを作るのは女性の仕事。エチオピア人女性がもし結婚したいのなら、上手にインジェラを作り、おいしいコーヒーを淹れられなくてはならないそう。まさにエチオピアのおふくろの味なんだとか。皆様もエチオピア人が愛してやまないインジェラとコーヒーを是非、本場エチオピアで体験してみてくださいね。  (岡山)

(さらに…)

スイーツ大国ポルトガル(ポルトガル)

2015年12月18日 カテゴリ: 西欧・南欧情報

先日、北スペイン・ポルトガルのツアーより帰国しました。
サンティアゴ・デ・コンポステーラを出て、国境を越え、ポルトガルに入国してまず初めに訪れた街はヴィアナ・ド・カステロ。
カステロといえば…カステラです!
実はポルトガルはそのカステラのもとになったと言われるお菓子、パオン・デ・ローを生んだ国なんです。
パオン・デ・ローは中が半熟でとろっと甘いふんわりしたケーキのようなお菓子です。
パティスリーに入って、「パオン・デ・ロー」と言えば、大体ちゃんとこのお菓子がでてきます。
フリータイムの時に実際に美味しい美味しいと、買われている方もいらっしゃいました。
さて、カステラを生み出した国、ポルトガルですが、本当に至る所にパティスリー(甘味処)があります。探さなくても甘いものを売っているお店が街の至る所にあるのです。
パティスリーはあれどもレストランがない!!そんなこともしばしばです。
甘いものについてはなんにも心配いらないと思います。
ヴィアナ・ド・カステロを出て次に向かった街はギマランエスです。
初代ポルトガル王が生まれた、ポルトガル発祥の街です。
初代ポルトガル王が生まれたお城の跡や、最後のポルトガル王が暮らしていた館などがあります。一通りの観光を終えた後、この街でもスイーツを頂きました。その名もジェズイタ。ギマランエスのどのパティスリーにも置いてあるものです。
砂糖のペーストのようなもので薄いパイ生地を挟んだものなのですが、サクサクしていておいしいです。
日本ではなかなか味わえない味かもしれません。とにかく甘いです。
街によってはパイの間に甘い卵黄ペーストを挟むものもあるようです。

ポルトガル、ギマランエス、スイーツ

ジェズイタを買いに入ったパティスリーではたくさんの地元の人々が甘いものを食べてコーヒーを飲んだりしていました。甘いものが大好きなポルトガル人はコーヒーにもこだわります。とにかく注文の仕方にうるさいようで、カフェやパティスリーでコーヒーを注文するときにはちゃんと礼儀を持ってお店の人に話しかけます。
エスプレッソなのか、アメリカンなのか、ミルクを入れるならどれくらい入れるのか、砂糖は・・・などなど、どんな飲み方で、どんなコーヒーを飲みたいのか、ちゃんと明示する必要があるんです。最後にちゃんと、「ポル ファボール(お願いします)」というのもポイントです。
礼儀正しいポルトガル人はよく、スペイン人(特に南部)の「ウン カフェ!(コーヒー!)」なんていう荒々しいコーヒーの頼み方を批判したりしているようです。
細かいことですが、とにかく誇り高い人々なんですね。
さて、話がずれましたがポルトガル2日目、この日はポルトの観光です。見所満点のポルトの街を歩きまわって、お腹も空いてきたところでレストランにてランチです。美味しいイカの煮物がでました。ここで出たデザートは、普通のチョコレートケーキと、やはり皆様ここはポートワインを試されていらっしゃいました。ドウロ川沿いのレストランで皆様楽しそうに、ポートワインを飲まれていて、ほろ酔い気分が伝染してしまいそうでした。
ご機嫌でポルトを出て向かう次の町は、アヴェイロです。水の都アヴェイロ。
ポルトガルのヴェニス、なんて呼ばれている、街中に水路が張り巡らされている素敵な街です。さて、アヴェイロといえば・・・知る人ぞ知る、オボシュ・モレシュです。
なんだそれはとお思いでしょう。これもスイーツなのです。
ポルトガル語で、柔らかい卵という意味のお菓子で、こんな形をしています。

ポルトガル,アヴェイロ,スイーツ

日本でいう、最中のようなもので、薄皮のなかにはあま~~い卵黄ペーストが入っています。本当に濃厚な卵感です。
なんとパティスリーにはこの卵黄クリームだけ置いてあったりします。
薄皮なしでとにかく中のクリームばかり食べたい人のため・・・なんでしょうか。
このオボシュ・モレシュもまた、日本ではちょっと味わえない、この地ならではのスイーツなんです。
リスボン在住のドライバーさんも、リスボンで待っているご家族の為に大量に買い込んでいました。ちなみにドライバーさんは上述の街でもそれぞれたくさんお菓子を買い込んでいるにも関わらず、その後立ち寄った街々でも更に、ご当地スイーツを買い漁っていました。
さて、その後も、大学都市コインブラではコンフェイト(元祖こんぺいとう)。
オビドスではチョコレートでできたカップにはいったチェリーのリキュール、ジンジーニャ。
リスボンではエッグタルト・・・と、続々魅力的なスイーツに出会いました。
どれも非常においしいのですが、果たしてポルトガルの人々はこんなにも甘いものばかり食べていて、糖尿病になったりしないのか・・・?
そんな疑問がお客様からもちらほら。私自身も気になりました。
なんとなくドライバーさんにそのことを尋ねてみると・・・
「ポルトガル人は勤勉で、よく働くからそんな病気などにはかからない」と、はっきり言われてしまいました。
「ポルトガルの男達は、ポルトガルのたくさんのスイーツのように甘いんだよ」そんなことも言っていました。
腑に落ちない答えしか返ってきませんでしたが、まあ、そういうことにしておこうと、そう思いました。(留置)

エルタ・アレ火山に大興奮!(エチオピア)

2015年12月17日 カテゴリ: アフリカ情報

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先日、「ダナキル砂漠、エルタ・アレ火山とエチオピア絶景紀行 8日間」のツアーより帰国致しました。大地溝帯の中に位置するダナキル砂漠には「絶景」と呼ばれるに相応しい光景がいくつも広がっています。黄色、緑、橙色の極彩色が美しいダロール火山、まるでウユニ塩湖のような塩の大地が広がるアサレ湖…。どこも素晴らしかったですが、なんといっても一番のメインはエルタ・アレ火山でしょう!

ベースキャンプにて少し早めの夕食を済ませ、準備を整えたらいざ出発!4時間のトレッキングのスタートです。歩みが進むにつれ、陽が落ちて辺りは真っ暗に。ヘッドライトの光を頼りに一歩ずつ慎重に進んでいきます。エルタ・アレ火山は標高620m程度のため、坂を登るのが大変ということは全く感じません。しかし、気をつけなければいけないのは溶岩台地の上を歩くため、足元がとても不安定だということ。大きな石が沢山転がっており、微妙な凹凸があるため、少し油断していると、その凹凸に気付かずに足を挫いてしまう危険性があります。一歩一歩確実に、登って行きました。
歩き始めて3時間くらいたったころでしょうか。暗い中、ガイドが指差す方向を見上げると、なんだか山際に赤い靄が立ち込めていました。火山はあそこにある!と勇気づけられて、残りの道のりも慎重に登って行きました。約4時間かけて山頂に登りきると、数十メートル先に火口が見えました。ここからでも火の粉が舞いあがっているのが見えています。逸る気持ちを押さえ、火口に近づいていきます。必死に歩いた先には、想像以上の光景が広がっていました。

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もくもくと煙が上がる中、まるで生きているかのようにうねうねと動く溶岩、勢いよく吹き上がる溶岩と舞い飛ぶ火の粉に、直に感じる溶岩の熱気…。それまでの疲れも一瞬で吹き飛びました。「感動」。まさにその一言です!生き生きと動き続ける溶岩に大興奮!!いつまでも見続けていたい気分でした。翌朝もまだ暗いうちから火口を見学し、陽が上りきる前に下山スタートです。後ろ髪をひかれつつも、大迫力の火山に大満足し、下山しました。(市川)

砂漠での温かいおもてなし(スーダン)

2015年12月16日 カテゴリ: 中近東・北アフリカ情報

先日、「スーダン周遊9日間」のツアーから帰国しました。
まだまだ一般的には馴染みのないスーダン。しかしながら、国土を流れるナイル川沿いには、古代エジプトに匹敵する高度な文明が栄えていました。現在は、砂漠にひっそりと残る遺跡から、かつてのその栄華を感じ取ることが出来ます。
他の北アフリカに比べ、まだ観光業が発展していないこともあり、施設も決して十分ではありません。例えば、道中にレストランがないため、ガイドに加え、コックさんが同行し、町の市場で調達した食材を使って食事を提供してくれます。毎日味付けを変えてくれたり、日本人は野菜好きだということで、山盛りのサラダを出してくれたり…。コックさんの愛情がこもった手料理に、ご参加の皆様は大変お喜び!途中からは、市場での食材選びも全員で行い、「このスイカが美味しそう」とか「今日は鶏肉料理がいいな」とかアイディアを出しながら、和気あいあいとした買い出しをすることもありました。

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今回は11月下旬の出発で、比較的観光はしやすいといえ、スーダンは一年を通して日中の気温が30度を超える砂漠性の乾燥地帯。そんな中での遺跡観光は楽ではありません。私たちが観光から帰ってくると、ドライバーさんたちが冷たい水を手渡してくれたり、木陰に椅子を並べてお茶を用意してくれたりと、常に私たちを気遣ってくれました。観光から戻った時の彼らの「おかえり」という笑顔が、楽しみにもなっていました。
スーダンの人々の温かいおもてなしが感じられ、不便ではあっても決して忘れられないツアーとなりました。(飯野)

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(さらに…)

“東洋のモナリザ”に接近!(カンボジア)  

2015年12月15日 カテゴリ: アジア情報

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先日、「シェムリアップ5連泊!アンコール周遊とプレア・ヴィヒア7日間」のツアーから帰国致しました。今回のツアーはタイトル通り、カンボジアの代表的な観光地であるアンコール・ワットをはじめ、アンコール遺跡群をじっくりと巡る旅です。
中でも特別なのが、“バンテアイ・スレイ”。バンテアイは砦、スレイは女で、「女の砦」を意味しています。大部分が赤い砂岩で建てられており、美しい彫刻が至る所に掘られています。内部は、いつもロープで仕切られ、中心のレリーフに近づくことができませんが、今回のツアーでは特別にロープの中へ入り、バンテアイ・スレイ観光の目玉である有名な“東洋のモナリザ”を間近で見ることができました。
東洋のモナリザとは、中央祠堂に掘られた16体のデヴァター(女神像)のことを指します。ロープの外からだとこのデヴァターの一部しか見ることが出来ませんが、ロープ内に入ることで16体全てを見ることが出来ます。間近で見ると今回のツアーで訪れた他の遺跡で見たどのレリーフよりも深く、立体的に掘られていて、模様がはっきり分かります。デヴァターの一体一体、体型や顔立ち、見た目年齢が少しずつ違っていて、どれが一番美人かを皆様で話し合っていました。
写真のデヴァターは、北側の祠堂にある保存状態が一番良いとされるもので、私の中では、このデヴァターが一番若く、シュッとした顔立ちに見えて美しいと感じました。また、ここまで近くで写真が撮れるのもロープ内観光ならではです。
夕方、日差しが和らぐと陰影がついてより彫刻が美しく見え、まるで私に微笑んでいるかのようでした。(五島)

ヘミングウェイがいた!古き良き町並みが残る漁村、コヒマル村(キューバ)

2015年12月11日 カテゴリ: 中南米情報

先日、「メキシコ・キューバ世界遺産とカリブの休日 11日間」のツアーから帰国しました。
遺跡など見所が多いメキシコ、最近アメリカとの国交正常化で話題のキューバの中米の2カ国を巡って参りました。
今、世界中から注目されているキューバ。社会主義国としてあまり他の外国諸国との国交を持たないからこそ、残る古き良き昔ながらの風景、明るく陽気なキューバ人の人柄、知られざる魅力は沢山。アメリカとの国交正常化が進んでいる今、既に雰囲気が変わっているのではないかと危惧していましたが、実際に行ってみるとそんなことは微塵も感じず。音楽で溢れる広場に20世紀の前半から時が止まったような旧市街がある首都のハバナ、古都トリニダー、ゲバラの町サンタクララなど後世に残してほしい風景がそこにありました。

Photo

特にハバナ近郊にある、コヒマル村では昔ながらのキューバの漁村の雰囲気が残っていて、今回ツアー中に訪れた町の中でも古き良きキューバを感じられた所のひとつでした。

この村は、ヘミングウェイのゆかりの地。彼の代表作「老人と海」の舞台となった場所でもあります。彼の胸像や通っていたバー「テラサ」など、今でもこの地で愛されています。
カリブ海に面した小さな港には、停泊している船、名もなき要塞など絵になるところばかり。ヘミングウェイが毎日ここから海に出て、一日中魚釣りをしていたくなったというのものも納得です。いつ来てもなんだか懐かしいような雰囲気で、のんびりお散歩をしたくなる、そんな町。やはりここにもキューバらしいクラッシックカーが走っていました。20世紀前半から走っていただろう車はキューバの象徴。カラフルでシンプルな町並みに、停車しているだけで自然にカメラを向けてしまいます。
そんな町並みを一目見ようと、世界中から人々が訪れ、活気溢れるキューバ。国民の生活が豊かになってほしいと願う反面、今の風景をそのまま残したいと強く感じました。(杉林)

ユーラシア旅行社で行くキューバツアーはこちら

語り部と歩いて古の熊野を知る旅

2015年12月10日 カテゴリ: 日本情報

 この度、ユーラシア旅行社の「語り部とのんびり歩く、黄葉の熊野古道・中辺路と川の古道舟下り 3日間」の添乗に行って参りました。
 熊野古道は、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)に詣でるための道です。

熊野古道・大門坂

 平安時代中期、法皇や上皇の御幸がはじまると、熊野詣が盛んになり、皇室、武士、庶民までもが熊野を目指すようになります。

 身分や性別を問わず誰でも受け入れてくれる、という有り難い神様なので沢山の人が訪れるようになったのです。
 様々な方面から熊野に向かうルート(紀伊路・大辺路・中辺路・小辺路・大峰道・伊勢路)がありますが、今回のツアーでは最も多くの人が歩いたとされる中辺路(なかへち)を歩いてきました。
 熊野は紀伊山地のど真ん中。当時の巡礼歩きは過酷だった事が容易に想像できます。江戸時代に巡礼路として整備されはしたものの、切り揃えられた石畳が並べられているのは聖地の近くだけ。
 熊野から遠ければ遠いほど、整備は追いついていません。殆ど自然のままの山の中を歩くようなものです。 もちろん現代のようなスニーカーなどは無く、ワラジを履いての山旅です。
 木が覆い茂り、日差しの入らない山の中の道はぬかるんで滑ります。また、土砂で崩れた場所があったり、どちらに行ったら良いのか分からないような分かれ道があったり、、、。
 情報も、携帯電話もない時代、物の怪の話が沢山生まれたのもうなずけますね。
 ツアーで歩く部分は一部ですが、語り部の方が昔からの言い伝えなどを交えた説明をしてくれて、古の時代にタイムスリップしたような気分で歩けました。
 ところで、熊野古道歩きは道を歩くだけではありません。実は舟で熊野川を下る「川の古道」もあるのです。
 昔は熊野本宮大社旧社地から速玉大社まで約40㎞を手漕ぎの川舟に乗って、途中、宿を取り数日かけて移動したそうです。 悪天候の時は危険も伴いました。水の少ない時は、ボートから下りて歩くこともあったそうです。
 現在は昔のルートの約半分をエンジン付きの川舟で約90分。途中の船着き場から乗船し、奇岩や滝などを眺めながらすいすいと進んでゆき、速玉大社の近くの権現河原まで行くコースです。

八咫烏ポスト

 数人ずつに分かれて乗船。舟の名前は「熊野」と「八咫烏」でした。 八咫烏(やたがらす)は日本を統一した神武天皇を大和の橿原まで先導したという伝説があり、導きの神として篤い信仰があります。 日本サッカー協会のシンボルマークにもなっている八咫烏は、東京のごみをあさるカラスとは違い、天・地・人を表す3本足を持つ、神々しさを感じるかっこいいカラスです。

 熊野本宮大社には八咫烏のポストがあり、皆さまはこのポストにハガキを投函してました。
 メールも電話もある時代ですがたまには手紙を書くのも良いのではないでしょうか。 熊野古道を歩いて本宮大社を参拝し、新鮮な気持ちで心を込めて書いた手紙はきっと特別なものになると思います。
 聖地・熊野の八咫烏ポストから出したらご利益があるかも知れません。(関根)

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