日付:2016年10月の検索結果

CHE VIVE!(チェは生きている) ボリビア

2016年10月28日 カテゴリ: 中南米情報

ボリビアツアー

先日「ウユニ塩湖とゲバラ終焉の地 ボリビア世界遺産紀行11日間」より帰国しました。ボリビアと言えばやっぱりウユニ塩湖。もちろん塩のホテルに宿泊し、終日かけてウユニ塩湖を堪能してきました。が、今回のハイライトは何と言ってもチェ・ゲバラ終焉の地巡りです!
ゲバラと言えば、カストロと共にキューバ革命を成功に導いた人として有名ですがボリビアで最期を迎えたことを知る人は多くないのではないでしょうか。ゲバラはキューバ革命後、国のリーダーとして奮闘するカストロの右腕としてキューバの発展に尽力しました。キューバの一応の発展を見届けると次第に“自分を必要としている国が他にあるのではないか”と考えるようになり、その地をアフリカのコンゴに決めます。しかしいざ現地に赴くとゲリラ兵の士気の低さに愕然とし、革命を起こす段階に至っていないことを悟りキューバに戻ります。その後も革命を諦めず、次の地としてボリビアを選ぶのです。
ゲバラはボリビアに向かう際、キューバ国民に別れを告げずひっそりとキューバを後にします。そして二度とキューバの地を踏むことはありませんでした。その時に残した、同志カストロと愛する家族に宛てた手紙は有名ですね。
私たちは、ゲバラの命日にあたる10月9日、ボリビア第2の都市サンタクルスから350km離れたアンデスの奥地にあるチューロ渓谷を訪れました。周辺は100人足らずの村民が暮らす寒村が点在するのみです。 ボリビアに渡って11か月、ここでアメリカの援助を受けた政府軍にゲバラは捕えられ、約7km離れたイゲラ村まで連れていかれます。そして翌日、臨時の捕虜収容所として使われていた小学校にて処刑されてしまうのです。
ゲバラの足跡を辿るように私達もチューロ渓谷を下っていきました。今では踏み固められた土道になっており、かつてとは比べようもないほど歩きやすくなっていました。また道の両脇に可憐に咲く黄色いミモザやワイルドトマトが疲れた心を癒してくれました。
ゲバラ率いるゲリラ兵たちははなたで木をなぎ倒しながら進んだそうです。食糧も乏しく、いつみつかるかも分からない極限の精神状態でかなり苛酷な状況だったことでしょう。49年前のゲリラ兵たちの行軍に思いを馳せながら1時間30分をかけて渓谷を下りきると、ゲバラが捕えられたとされる場所に星マークが置かれていました。また、イゲラ村の名前の由来となったイチジク(イゲラ)の木の下にはCHE VIVE=チェは生きているの文字が。

ボリビアツアー

ボリビアツアー

“革命への勝利か、さもなくば死”をという覚悟で臨んだゲバラは革命なかばで捕えられさぞ悔しかったことでしょう。
ゲバラはまさに自己を犠牲にして世界の為に理想を追い求めた人でした。49年前、確かにここで歴史は動いたのです。それが嘘のようにのどかなチューロ渓谷の風景が広がっていました。
ゲリラ兵と聞くと残酷なイメージが浮かびがちですが、ゲバラは子供たちに“世界のどこかで誰かが被っている不正を、心の底から深く悲しむ事の出来る人間になりなさい。それこそが革命家としての、一番美しい資質なのだから。” と残しています、理想を貫き、正義を愛し、常に虐げられた人の立場で戦ったその信念が、時代や国境、価値観を越えて、現在でもなお世界中で愛され続けている理由なのではないでしょうか。(岡山)

マルタ版 青の洞窟「ブルーグロットー」でミニクルーズ体験!(マルタ)

2016年10月27日 カテゴリ: 西欧・南欧情報

先日、「陽光のマルタをめぐる~5つ星ホテル4連泊~ 7日間」のツアーより帰国致しました。時がゆっくり流れる地中海のリゾート地をのんびりと回りました。
見所のひとつ東部に位置する“ブルーグロットー”は、マルタ版青の洞窟と呼ばれています。青の洞窟と言うと、まず誰もが思い浮かべるのがシチリアの「青の洞窟」ですが、実はマルタにもあります。手前の展望台からは洞門の全景を眺める事ができ、眼下にエメラルドグリーンや淡い青のコントラストが広がっています。その青さはピカイチでマルタ随一のダイビングスポットとしても有名です。

青の洞門

最寄りの駐車場でバスを降り、坂道を下り切ると、係員が乗船客を待ち受けていました。ランダムに乗船する船が割り当てられ、9人乗りのボートに乗り込みます。乗船後すぐに救命胴衣を着用し、あっという間に出発。屋根なし吹きさらしのボートのため、直接風を感じる事ができ、爽快です。先に進むとサンゴ礁や自然でつくられ大きなアーチがみえて各スポットでは船頭さんが簡単に英語で案内してくれます。そしていよいよ洞門に入ると、透き通った海の水面が見えてきました。

クルーズで洞門内へ

エメラルドブルーに輝く水面

水面には光が差し込み、キラキラと光っており、深い青からターコイズブルーまでひとつに青と言っても様々な顔を見せ、乗船客を飽きさせませんでした。波に揺られながらのスリル満点なミニクルーズは、時間を忘れる程楽しいものでした。(大和田)ユーラシア旅行社で行くマルタツアーの魅力はこちら

まるでパレット上に広がった絵の具のような紅葉!カナダの秋をしみじみ体感

2016年10月26日 カテゴリ: 世界のお花・紅葉情報

先日、秋のカナダ大横断の旅から帰国しました。
今回の旅は文字通り、東西8000キロの広大なカナダを横断する旅となりました。
英国らしい落ち着いた雰囲気が残る西部の町ビクトリアと人種のるつぼバンクーバーから始まり、レトロな客車がガタンゴトンと超スローペースで走るカナダ大陸横断鉄道でカナディアン・ロッキーの白銀の峰々を越え、時にはエメラルドグリーン色の氷河湖畔を走り、滝の轟音が轟くナイアガラではあっという間にずぶ濡れになり、その美しさに溜息を漏らしながら紅葉の名所メイプル街道をバスで駆け抜けました。最後は赤毛のアンの舞台プリンス・エドワード島で旬の真っ赤な大西洋ロブスターをガブリと味わってきました!

旅の概要に少し触れただけでも、変化に富んだ盛り沢山の日程ですが、
今回の旅で特に印象深く記憶に残ったのは、やはりハイライトでもある、目が覚めるような色鮮やかなカナダの紅葉でした。西部に近いカナディアン・ロッキーの雄大な山々は未だ緑の針葉樹と黄色の広葉樹に覆われていました。ところがカナダ中部まで進み、ナイアガラの滝やトロントから首都のオタワ、フランス語圏のモントリオールを経て東部のケベックシティに至る全長800キロ、紅葉の名所メープル街道に差し掛かったとたん道端の木々の葉が、林や森の色が激変し始めました。
カナダのシンボルでもある楓の赤い葉の紅葉が増え、森や山々が一気に赤く染まり始めたように見えたのです。お客様は皆、カナダの紅葉を大いに期待して心の準備をしていたものの、真っ赤に染まる木々や森、連なる山々を見た瞬間には、バスの車内に「ウワーッ!!」という歓声が上がりました。
紅葉が最も美しく感じられたのは、標高1000m前後の山々が連なり、なだらかな丘陵と大小さまざまな湖が点在するローレンシャン高原でした。

モン・トランブランの鮮やかな紅葉

特に山麓に位置するモン・トランブラン村はオレンジ色の夕陽と相まって、山全体が真っ赤に染まって見えました。山が燃えるとはまさにこのことです。
また、静寂に包まれ、小さなサーブル湖の紅葉は、まるでパレットに色鮮やかな緑色や黄色、赤色の絵の具を広げたかのようです。その色鮮やかな紅葉が鏡のような湖面に映ると、パレットは2枚となり、更に美しさが増してゆきます。
3色それぞれが打ち消し合うことなく強烈な鮮やかさを放っているので、日本の紅葉とは一味異なった秋の自然の美しさを感じることができました。

サーブル湖面に映る赤、黄、緑色の紅葉

紅葉の他にもカナダには秋を実感するものが溢れていました。
朝起きて外に出ると、ピーンと張り詰めた冷たい空気。
日中は秋らしい柔らかな陽光と空高く澄んだ青空。夜は再び空気が冷え、
雲一つない澄んだ夜空に星が輝きます。
また、カナダ滞在中の10月10日はちょうど感謝祭でした。
カナダでは農作物の収穫に感謝し、家族や親戚が集い、お母さん手造りの七面鳥の丸焼きやカボチャパイを食べるのが昔からの習わしです。
更に10月末はハロウィンがあります。カボチャ畑の道端にハロウィン用の直売カボチャを無造作に転がしているのどかな風景をあっちこっちで見かけました。
日本ではもう10月というのに薄着の日々が続いていますが、一足早くカナダで秋を実感してきました。(上田)

ユーラシア旅行社で行くカナダのツアーの魅力はこちら

秋の高山祭(八幡祭)に行ってきました

2016年10月25日 カテゴリ: 世界のお祭り情報日本情報

先日、「秋の高山祭と長良川鵜飼、郡上八幡 3日間」の旅にいってきました。
毎年10月9日・10日に開催される高山祭は、江戸時代に制作された屋台が主役です。
漆や金箔も施した重要文化財の屋台は雨に弱いため、出発前の雨予報に最悪の事態も想定しつつ出発しましたが、雨は9日の明け方までに降りきり、少々開始が遅れたものの、無事にお祭りは催され、壮麗な屋台を見学することができました。
八幡祭(秋の高山祭)屋台
岐阜県飛騨地方の高山は木材と地下資源が豊富、加賀を睨む立地にあり、江戸時代には幕府の直轄地となりました。
幕府に代々この町を収めた金森氏が追われた頃、春の山王祭、秋の八幡祭の祭り行列に贅を尽くした屋台が登場するようになりました。
豊作を願い感謝する農民の祭りに町人の粋が詰まった屋台が加わり、今では、高山祭は全国的にも有名な祭りです。
現在高山祭には11の屋台があり、春秋それぞれ6つの屋台が登場します。
秋の祭りではこのうちの1つ布袋台がからくり屋台で
江戸時代の最先端技術を施したからくりが今も現役で動きます。
6人の黒子が糸を操り布袋と唐子(からこ)とよばれる小さな2体の人形を動かしますが、
唐子は雲梯をくるくると飛び移ります。
遠くから見ても近くから見てもその仕組みがわからず、江戸時代の職人の技、
これを保存してきた人々の努力、そして今なお動かし続ける現代に受け継がれた術にただただ感心してしまいました。
八幡祭(秋の高山祭)布袋台のからくり
何台もの屋台が八幡宮の参道に並ぶ様は圧巻ですが、各町の蔵からここまで移動させるところも見ものです。車輪は2対ですから、祭囃子を載せたまま狭い路地を曲がるのは大変!
重い屋台を男性たちが梃で少し浮かせて【戻し車】(車輪に対し垂直方向に向いた車輪)を下ろし、本体の車輪を浮かせたまま屋台を回転させます。
近年では、路地にかかる電線もあり、屋台の屋根飾りの形状によっては接触することも。
屋台の上に上がり、電線を避けながら回転の指示をする男性も見え、繊細で力強い祭りの真骨頂を見た気がしました。
(山岸)

地元チェコ人に愛される『ドヴォルザーク・プラハ・フェスティバル』に行ってきました!

2016年10月22日 カテゴリ: 中欧・東欧情報

ネオ・ルネサンス様式のルドルフィルム

 先日、「チェコ世界遺産と珠玉の町々 10日間」の添乗から帰国致しました。先日ホラショヴィツェの記事を書きましたが、今日は『ドヴォルザーク・プラハ・フェスティバル』の様子をレポートします。

 プラハの音楽祭といえば、『わが祖国』で有名なスメタナにちなんだ“プラハの春音楽祭” が有名ですが、毎年9月に開催されるドヴォルザーク・プラハ・フェスティバルでは、チェコを代表するもう一人の作曲家アントニン・ドヴォルザークに敬意を表し、彼とその弟子たちの作品が演奏されます。
今回は、数週間に及ぶプログラムの中でも、目玉であるチェコ・フィルハーモニーの演奏にご案内しました。
 会場となるのは彼らの本拠地ルドルフィヌム。その中で最大のドヴォルザークホールは、ヨーロッパでも最古のホールの1つと言われ、その音響効果で知られていますが、開演早々その素晴らしさを身を以て体感することになりました。
 というのも、第1曲目のドヴォルザーク作曲『詩篇 第149番』は合唱曲。プラハ・フィルハーモニー合唱団は、管弦楽団に負けない声量、いいえ、ともすればそれをしのぐほどで、その力強い響きに圧倒されました。ドヴォルザークの弟子マルティヌーの『野外のミサ』でも男声独唱でホールが満たされ、鳥肌が立ちました。
 プラハでは毎日どこかでコンサートが行われており、地元の人たちにとって音楽会はとても身近なものだそう。今回も国際的な音楽祭でありながら地元の人が多く、日本人は珍しかったのか「どこからきたの?」と尋ねられることもありました。
ドヴォルザークの『謝肉祭』で締めくくられたコンサートは、沸き起こるようなスタンディングオベーションで幕を閉じ、熱っぽく感想を語る人波がライトアップされたプラハの町に消えていきました。もう一度来たい!と思わせてくれる、素敵なコンサートでした。(松永華)

中世の面影残すタリン(エストニア)

2016年10月21日 カテゴリ: 中欧・東欧情報

タリン旧市街

先日バルト三国とサンクトペテルブルク10日間の添乗より帰国致しました。今回の行程では、バルト三国と言われるリトアニア、ラトビア、エストニアの首都を巡り、ロシアのサンクトペテルブルクまで足を伸ばしました。

この時期はバルト三国もロシアもとても寒いですが、日本ではあまり見る機会の少ない黄葉をどこの街でも驚くほど綺麗に見ることができました。行程の中で特に印象に残ったのは、エストニアの首都タリン。

タリンは現在人口70万人程の小さな街ですが、13世紀からの街並みが綺麗に残っており世界文化遺産に登録されています。そんなタリンでは、1日かけて歴史ある街並みを散策しました。

当日タリンは最高気温が10度しかなく肌寒い中ホテルを徒歩で出発しました。まずは旧市街の入口へ。ヴィル門という13世紀の門があり、そこの通りには花屋の露店がずらりと並びます。休日だったため花を買いにたくさんの人が列をなしていました。見てみるとバラやひまわり、デイジー、チューリップなどが売られていて色も一色だけではなく数種類ありとても色鮮やか。値段も日本のものと半額程の値段で売られていて手ごろなため、平日でも仕事帰りの男性が家で待つ女性のために花を買って帰る習慣があるそうです。

旧市街に入り、目に付くのは中世から残る建物。カラフルなものもあれば、ソ連時代に建てられた灰色が特徴的な素朴な建物やレンガで出来た建物がありました。タリンは13世紀のデンマーク支配から始まり、ドイツ騎士団(チュートン騎士団)、スウェーデン、ロシアと支配されてきた歴史をもちます。建物を眺めながら歩くだけでもタリンが辿ってきた歴史を感じることが出来ます。

街外れの方へ足を運んでみると、13世紀頃のデンマーク支配時代からの城壁が現れました。この城壁は当時長さが2.5kmでその後、大火災や空襲に襲われますが、現在でも1.8kmが当時のままで残っています。城壁は柵などで覆われていないので手で触ることも出来ますし、有料ですが城壁の上を歩くことも出来ます。

街の中心から少し離れた聖オレフ教会の尖塔にある200段弱の急な狭い螺旋階段を息を切らしながら上ると旧市街を一望することが出来ます。上ってみると、プロテスタント教会やロシア正教会や当時見張り台だった塔が見えました。全体を見渡してみて、他のヨーロッパの街と比べると地味で素朴だけど、どこか愛着が湧く街でもう少し滞在したいなと感じました。(山下)

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ピウス2世の、小さな小さな理想郷へ(イタリア)

2016年10月20日 カテゴリ: 西欧・南欧情報

9月23日より、ユーラシア旅行社の「イタリア歴史物語 15日間」のツアーの添乗に行ってきました。ミラノから出発して少しずつ南下、ヴェネツィアやフィレンツェといった大都市はもちろん、田舎の小さな街や村も丁寧に巡り、最後はローマで終了。天候に恵まれ、イタリアの魅力をたっぷりと堪能してまいりました。
全部で18の都市を訪問しましたが、私の一番のお気に入りは、イタリア中部に位置するピエンツァ。人口はわずか2000人、城壁に囲まれた旧市街の長さは400mという極小都市ですが、この街には面白い歴史があります。
1458年、この小さな街から一人のローマ教皇が排出されました。彼の名前はピウス2世。なかなか奇抜な発想の持ち主で、教皇になったことをきっかけに、自分の故郷を当時流行りのルネッサンス様式一色にしようという、理想郷建設大計画を企てます。キリスト教を束ねる教皇としては少々規模が小さいような気もしますが、もともとある街を意図的に全て造り替えようというわけですから、妥当な規模だったのかもしれません。ところが残念ながら、その壮大なる(?)計画の途中でピウス2世は急死、計画は頓挫することとなりました。
その後の発展の波に乗り遅れたおかげで、中世の姿を現代にそのまま残すピエンツァ。石畳の小路には石造りの可愛らしい家がずらりと並び、時にはチーズ屋さんの可愛らしい看板がぶら下がっていて、歩いていると中世の時代にタイムトリップした気分に浸れる、何故だか無性にワクワクする、そんな街でした。

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メインの広場(その名もピウス2世広場)は見事にルネッサンス様式の教会とお屋敷に囲まれ、ピウス2世の理想郷の残像を垣間見ることも。全てがルネッサンス様式の街を見てみたかった気もしますが、温かみのある茶色い石造りの家々が並び、周囲に美しいオルチャ渓谷の自然美が広がる、城壁に囲まれたこの小さな都市は、今のままでも十分〝理想郷″の名にふさわしい!!と私は思います。
そういえばピエンツァの名物は羊のチーズ、小さな街の至る所にチーズ屋さんがありました。ちょっと覗くと独特の良い香りが漂ってきます。真空パックにしてくれるのでお土産にももってこいです。8月にはチーズ祭りが行われ、広場の端から丸いチーズを転がして、広場の中央に立てた棒にいかに近付けるかを競うのだとか。大の大人が地面に這いつくばって真剣にチーズを転がす様はちょっと異様な気もしますが、是非見てみたい。石畳はでこぼこだから、結構難しいんだろうなぁ。(佐藤)

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3回の星空チャンス!?大自然の宝庫・ニュージーランド

2016年10月19日 カテゴリ: オセアニア情報

ミルフォードサウンド

先日、「星空のニュージーランド、感動の南北ハイライト8日間」のツアーから帰国しました。8日間というコンパクトな日程で火山とマオリの北島、氷河と星空の南島のハイライトを巡るツアーです。丁度、桜のシーズンで日本との友好の証の桜並木が満開!毎日感動の連続で、大自然をたっぷりと満喫することが出来ましたが、中でも特に印象的だったのは星空で、短い日程の中、私たちは3回も!?星空を見るチャンスがありました。

1回目は・・・実は早速本物の星ではないのですが、土ボタルの青白い光が洞窟いっぱいに広がり幻想的なワイトモ洞窟。ワイトモは北島にある太古から形成されてきた鍾乳洞で、マオリはその存在をずっと秘密にしていました。この洞窟で最も有名なのはニュージーランドにのみ生息している土ボタル。あまりにも切ない一生を迎える土ボタルは幼虫のとき、エサを引き寄せるために放つ青白い光が真っ暗な洞窟の天井を照らします。観光の際はその下を小舟でゆっくりと進むので、まるで星空のように見えるのです。

2回目は南島のマウント・クック。こちらはマウント・クックが見えるホテルに宿泊し、ご希望者の方のみ星空鑑賞にご案内しました。まずはホテル内のプラネタリウムで南の空の勉強です。ニュージーランドは日本とは真逆の南半球にある為、日本とは違った星座を見る事ができます。その後、普段はマウント・クック遊覧飛行用に使われる飛行場へバスで移動します。バスから降りて空を見上げれば、そこには満天の星空!たまたま月の出が遅い日だったため、新月ではないのに月が出ておらず辺りは真っ暗で、天の川がくっきりと見えました。他にも、南の空で一番有名な南十字星、散開星団ジュエルボックス、七色に輝くカノープス、マゼラン星雲、火星、天の川に尻尾を引っ掛けるように逆さ吊りになっているさそり座など様々な星を鑑賞いたしました。中でも、土星に照準を合わせて天体望遠鏡を覗き込むと、土星の輪まではっきり見え、これには全員が感激。

南十字星

3回目は南島のテカポ湖。国際ダークスカイ協会という星空を保護するために活動する世界最大の公式団体が定めた、素晴らしい星空が観測できる場所を星空保護区と呼びます。中でも地球上に3ヶ所しか無い「星空保護区の星空金賞(ゴールドティア)」をナミビアのナミブ砂漠やアイルランドのアイベラ半島と並んで受賞したのがテカポ湖です。マウント・クックで感動した星空をもう一回見られるとの事で、気持ちが高揚します。夜、ホテルを出発し、マウント・ジョン天文台で見上げた星空は言うことなしで最高!たまたまプロのカメラマンさんがいらっしゃり、一眼レフをお持ちだったお客様は何と撮って頂けることに!なかなか撮ることが難しい星空。後で拝見させていただいたお写真には感動の星空がそのままに映されておりました。テカポでは流れ星も多く見られ、流れた瞬間には「あっ、流れ星!・・・。あっ、願い事言うの忘れた・・・。」というやり取りを何度も繰り返していました。もしも願い事を言えていたなら、またこの場所にこれますように・・・と願っていたような気がします。(日裏)

※今回このブログに掲載している星空の写真は実際にツアーにご参加頂いたお客様がテカポ湖でプロのカメラマンさんに撮ってもらったお写真です。

ユーラシア旅行社で行くニュージーランドツアーの魅力はこちら

チェコの歴史がぎゅっとつまった“農民バロック”の小さな村「ホラショヴィツェ」

2016年10月18日 カテゴリ: 中欧・東欧情報

ホラショヴィツェ・農民バロックの家

先日、「チェコ世界遺産と珠玉の街々 10日間」のツアーより帰国致しました。ようやく暑さも落ち着いてきた日本のシルバーウィークにあたる日取りは、チェコではもう秋。なだらかな丘陵地帯が続くチェコの大地は小麦色やぶどう畑の緑色といった秋色に染まっていました。

今回のツアーで訪れた中でもご紹介したいのは、19世紀に建てられた貴重な農民バロック建築が残る村「ホラショヴィツェ」です。
1998年に世界遺産に登録されたこの村は、首都プラハからチェスキー・クルムロフに向かう途中にあります。広場を中心に可愛らしい家々が立ち並ぶ本当に小さな村なので、30分もあれば十分に周り切ることができます。
 この村の名が歴史的な記録に登場するのは13世紀末。時のボヘミア王ヴァーツラフ2世が修道院に寄進したとされています。16世紀前半のペストの流行で人口はわずかに2人となりましたが、1526年にハプスブルク領となってからは、南ボヘミア一帯にドイツやオーストリアからの移民が大量に流入し、ドイツ系の農村として人口を回復させました。19世紀になると農奴解放で農民も住居を思い思いに装飾することも可能になったため、当時流行していたバロック様式で家を飾ったのが、“農民バロックの村”の始まりと言われています。バロック様式と言うと、贅を尽くした教会や宮殿建築が真っ先に思い浮かびますが、ホラショヴィツェに暮らしたのは農民たち。名だたる教会と比べればもちろんシンプルですが、お金をかけるのではなく、趣向を凝らすこと自体がささやかな贅沢だったのだろうなあと感じます。
第2次大戦後、チェコからはドイツ人が追放され、打ち捨てられたホラショヴィツェはソ連による支配のもとで忘れ去られていました。民主化後の1990年に人々が戻ってきてからは、今でも人々が住む「生きた」世界遺産です。観光客もほとんどいない小さな村ですが、約500年に及ぶチェコの民族模様を感じられる熱い場所でもあります。多くの人に知ってほしい半面、いつまでも隠れた名所であってほしいとも思える素敵な村でした。(松永華)

コーカサス三国と日本の深い関係

2016年10月14日 カテゴリ: 中欧・東欧情報

先日、「民族と文明の道、コーカサス三国周遊」の添乗から戻って参りました。コーカサス三国は、昔からシルクロードが通る東西の交通の要衝であり、文化・宗教・民族の異なる見どころ満載の3ヵ国を周遊して参りました。

いきなりですが、皆様は日本の和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたのを覚えていらっしゃいますでしょうか。登録に際する政府間委員会が開かれた場所が、アゼルバイジャンのバクーでした。今回は、コーカサス三国と日本の関係性に焦点を絞り、ご紹介させて頂きます。   

コーカサス三国のアゼルバイジャンには、天然資源が豊富に眠っており、首都バクーには近代的な建物が並びます。コーカサス三国の中で特に親日度が高いと感じた国が、アゼルバイジャンでした。上記のユネスコ政府間委員会の場所となったこともあり、和食が広く知られています。バクー郊外の拝火教寺院を訪れた際には、私たちが日本人である事がわかると、記念写真も求められる等、現地人から喜ばれたこともありました。アゼルバイジャンは外交上トルコと親しい国であり、同じく親日国家でもあると感じました。

殉死者の小路から見たフレームタワー

コーカサス三国第2の国ジョージアはワイン発祥の地であるほか、格闘技王国として知られています。柔道を始め、来日して相撲の勉強するジョージア人がいます。史上初のヨーロッパ出身の関取として名をはせたのが、あの有名な黒海です。黒海はすでに引退していますが、その他にもジョージア出身の大相撲力士に現役のトビリシ出身の臥牙丸とムツヘタ出身の栃ノ心がいます。  

また、日本で有名なのはカスピ海ヨーグルト。1986年に長寿食文化の研究をしていた家森幸男博士がジョージアから自家製のヨーグルトを日本に持ち帰ったことが始まりです。ジョージアのカヘチ地方では、民家にて自家製のカスピ海ヨーグルト「マツォーニ」をお召し上がり頂きました。

カヘチ地方の民家 

第3の国アルメニアは、世界で最も早くキリスト教を国教と定めた歴史の深い国です。アルメニアでは、国際協力により日本が建てた集合住宅地をよく目にしました。アルメニアは、アルプス・ヒマラヤ造山帯に位置しており、日本と同じように地震の被害を受けてきた国でした。1988年にアゼルバイジャン北西部で起きた大地震の際には、日本は緊急援助隊の派遣や建設機材を供与しました。そして、2011年の東日本大震災の際には、アルメニアから援助隊派遣の申し出があったほか、義援金が提供されました。2012年には外交関係樹立20年を迎え、友好関係を深めています。また、アルメニアでは、日本のアニメや和食が流行しており、エレバンには日本人が経営している和食レストランもあります。  

上記のように日本と関係が深いコーカサス三国ですが、ジョージアの現地ガイドさんのお話では、まだ日本をアジアの中であまり区別できず、中国・韓国・日本が混同してしまう人も多いそうです。その時に感じたのは、戦後から長い年月が経った現在、日本人のコーカサス三国の認知度もまだまだではないかということでした。日本人の若い方の多くが、三ヵ国が混同してしまうどころか、国名を挙げることができないのではないかと思います。素朴で美しい景色を見ることができるコーカサス三国は、親切な方ばかりで日本との接点さえ感じました。今後の日本とコーカサス三国の関係に、期待を膨らませた9日間になりました。(松本)

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