日付:2016年4月の検索結果

フィレンツェの復活祭を訪ねて(イタリア)

2016年4月28日 カテゴリ: 世界のお祭り情報世界の宗教情報西欧・南欧情報

イタリアツアー

  先日「イタリア・ルネサンス芸術と古都を巡る 10日間」のツアーより帰国致しました。今回は普段のツアーと異なり、フィレンツェ滞在中にキリスト教のお祭り・復活祭を見学する特別日程でご案内させて頂きました。

 
  日本でほぼ馴染みのない復活祭は、イエス・キリストが十字架に磔刑にされて亡くなった後、三日後に復活したことを祝う、キリスト教の国々ではとても重要なお祭りの一つ。ヨーロッパ各地・イタリアの各街で復活祭は行われていますが、イタリア全土の中でもフィレンツェの復活祭はその様子がニュースで流れる程規模が大きいものです。今回も、多くの見物客に混じって撮影を行うカメラマンやアナウンサーの姿が見られました。
 
 フィレンツェの復活祭は正式名称を「スコッピオ・デル・カッロ(スコッピオ祭)」と言い、「山車の爆発」を意味します。お祭りのクライマックスを飾る派手な火薬演出に見応えがあり、他の復活祭とは一味違うと毎年人気を集めています。起源は11世紀末の第一次十字軍にあり、その際の功績によりキリストの墓石の欠片を与えられたパッツィーノ・デ・パッツィが故郷フィレンツェに帰郷した後、その欠片で起こした火が「祝福された火」として荷車に乗せられ市内を回ることになったという歴史によります。
 
 現在では荷車が大きな山車にとって替わり、4頭の白い牛に引かれて街をまわった後、フィレンツェきっての観光地であるドゥオーモ前の広場へスタンバイ。司教のありがたい説教を聞いている間に、「祝福された火」を表す火薬が山車に装着されます。そしてドゥオーモの祭壇から山車まで一直線にワイヤーが張られ、そのワイヤーを伝って鳩の形をしたロケットが火薬に火をつけるという仕組み。鳩は聖霊の象徴ですが、スコッピオ・デル・カッロの鳩は火をつけるだけが役割ではありません。その後、再びワイヤーを伝って大聖堂へ戻っていかなければならないのです。この鳩が上手く戻ればその年は大豊作になると言われており、お祭りが終わった後は「今年の鳩は戻っていったかい?」と尋ね合うのだそう。そしていよいよクライマックスの「山車の爆発」へ。鳩によって点火された火薬が爆音を立てながら一気に爆発します。中には垂直に火花が上がっていくものもあり、約10分間続く爆発の間、観客は、次はどんな仕掛けの火薬が爆発するのかと固唾を飲んで見守ります。爆発は確かに激しいものですが、いざという時のために消防車も待機しているので、ご心配なく。辺りが白い煙で覆われ、最後の仕掛けが終わったところでお祭りは終わり…ですが、今度は後ろの方で見学していた人が一目山車を見ようと押し寄せてくるため、しばらく辺りは大変な混雑に見舞われます。

イタリアツアー

イタリアツアー

 

 尚、復活祭は移動祝祭日のため毎年お祭りの日が異なります。今年は偶然にも3月下旬でしたが、通常は4月になることが多いのだとか。なかなかお目にかかれないお祭りですが、だからこそ見応え十分です。ちなみに、今年の鳩は無事ドゥオーモへと戻っていきました。今年一年がどうか良い年になりますように…。(越野)

世界遺産チャンアン

2016年4月27日 カテゴリ: アジア情報

チャンアン洞窟

先日ベトナム15日間の添乗より帰国しました。今回のツアーはハノイからホーチミンまでの8つの世界遺産を全て制覇する旅でした。その中でも特に印象的なのは2014年に世界遺産になったばかりのチャンアンでした。ここは山水の景観地として有名です。又、同じくベトナムのハロン湾の景観に似ていることから「陸のハロン湾」とも呼ばれています。約2億年前の地殻変動により山が隆起してこの地形が出来たそうです。
チャンアンでは最大4人乗りの小舟に乗り観光しました。まずはバスを降りて船着き場へ。船着き場には既にたくさんの観光客がいました。カード式のチケットを買い小舟へ。小舟が30隻ほど並び、船頭さんはほぼ女性でした。それぞれ小舟に乗り、いざチャンアン観光スタート。
船頭さんがゆっくりゆっくり漕ぎながら奥にある8つの洞窟へ向かいました。まさに山水画に描かれるような山の景色が目の前に広がっていました。30分程経過し、1つ目の洞窟へ到着しました。中はとても狭く、場所によっては頭をかがめないと通れない場所もありました。さながらちょっとした冒険のようでした。1つ目の洞窟を抜けると、後は広い洞窟ばかりでした。中が鍾乳洞になっていたり、仏様が祀られていたり特徴がそれぞれ異なりました。
そうして洞窟を抜けながら進み、一番奥のお寺のところで迂回して船着き場へ戻りました。
帰りには結婚記念の写真撮影の為に結婚式の衣装を着て船に乗っているご夫婦に遭遇しました。世界遺産になったばかりということもありカップルにも人気のようです。
今回は往復約2時間のコースで山水画のような世界、冒険のような洞窟くぐり、それぞれ異なる洞窟の中の景色を見ることができ、とても印象深い小舟の旅でした。

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村の中心でファッションショーが開催!?イタリア・ピアナ・デリ・アルバネシの復活祭

2016年4月26日 カテゴリ: アジア

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先日、「アマルフィ連泊と南イタリア・シチリア紀行 12日間」のツアーより帰国致しました。このコースは、シチリア島と南イタリアの主要都市に加え、通常では訪れにくい小さな町まで足を延ばし、シチリア島と南イタリアを堪能できるコースです。

シチリア島といえば、アラブ・ノルマン王朝時代の栄華の跡が残る活気ある港町パレルモ、世界屈指のリゾート地と知られる美しい町のタオルミナ、古代ギリシャの神殿郡が集中するアグリジェントなどの都市が良く知られていますが、皆様「ピアナ・デリ・アルバネシ」という村をご存知でしょうか。

パレルモの郊外に位置する人口6000人ほどの小さく、少し不思議な名前の村ですが、「ピアナ・デリ・アルバネシ=アルバニア人の平野」を意味します。15世紀に、オスマン帝国の迫害から逃れてきたアルバニア人の子孫たちが定住した村であるため、イタリア本土よりも彫りが深い顔立ちやイタリア語の下にアルバニア語が表記されている標識、アルバニアの国旗が掲揚されるなど村の至る所でアルバニアの雰囲気が漂います。
今回のツアーでは、イタリアの中で最も大切なお祭りのひとつイースターの時期にあたり、ピアナ・デリ・アルバネシの復活祭を訪ねました。

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まず、復活祭では午前中に教会でミサが行われますが、ピアナ・デリ・アルバネシの教会ではかつてのアルバニアの国教である正教の伝統を受け継ぎつつ、ローマ教皇の絶対性を認め、ローマ教皇庁の指導に従っているという、東方典礼カトリック教会に属しており、教会内では正教の特徴であるイエスキリストのイコン、祭壇と基本的な空間を完全に仕切る壁のようなイコノスタス(聖障)が見られます。さらに、パイプオルガンもなく、ミサ中も信者の皆が立ったまま儀式を受ける光景も見られ、イースターとは思えないような不思議な感覚に陥りました。
その後、復活祭のハイライトであるパレードが盛大に開催!
パレードに参加する若い女性達や子供達が教会前に集まってくると、多くの観光客がいっせいにカメラのシャッターを切ります。それもそのはず、年に一度の復活祭の時だけ着る衣装は先祖代々受け継がれてきた絹の衣装に金の刺繍やアクセサリーがあしらわれた美しい伝統衣装で、エスニックな顔立ちの村人たちが身に纏うとその姿はまるでファッションショーのモデルのような美しさ!
村の中心部を音楽と共に練り歩くパレードと厳かなミサが行われたピアナ・デリ・アルバネシの復活祭にはアルバニアの伝統と民俗色を強く感じ取ることができました。(三浦)

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近くて遠い?遠くて近い?ミクロネシア連邦、マーシャル諸島、パラオ

2016年4月22日 カテゴリ: オセアニア情報

ミクロネシアの夕食の刺身

先日、特別限定出発「パラオ・ミクロネシア連邦、マーシャル諸島周遊 10日間」のツアーより帰国しました。ミクロネシアの3ヵ国を巡る旅。ただ、その国名を聞いてもパッとどこにあるか思い浮かべるのは難しいかもしれません。確かに、遥か彼方まで広がる太平洋地域には大小あわせ何万にも及ぶ島々が点在しているのですから無理もないかもしれません。大きく分ければタヒチやイースター島、トンガなどはポリネシア。パプアニューギニアやニューカレドニア、ソロモン諸島がメラネシアと一般的に区別されていますが、ミクロネシアはその中でも最も日本に近いところに位置する島々でグアムやサイパン、チューク(旧トラック)などが含まれています。太平洋の島々というとリゾートのイメージが強いと思いますが、それだけではありません。今回訪れた3ヵ国に共通すること、それはかつて日本の統治領だったという事です。

1914年から30年もの間、(グアムなど除く)南洋群島として日本が統治した歴史は今現在も、食べ物であり、単語であり文化といった様々な形で残っています。たとえ初めて訪れたとしても、どこか懐かしく感じるのはそんな時代があったからなのでしょうか。

そんな遠いようで近い国、ミクロネシア連邦やマーシャル諸島にやってくる観光客は釣りやダイビング目的の人が多いのですが、その数は極めて少なく、グループは殆ど来ることはないのだそうです。ですが、ミクロネシア連邦にはまだ謎の多い海上に造られた巨大な水上都市ナンマドール遺跡がありますし、真珠の首飾りと言われる珊瑚の島マーシャル諸島の海の透明度は必見!です。歴史的に関わりを持っていて治安も良く、美味しいお刺身だって食べることが出来る国なのに何だかもったいない気がします。

ロングビーチ

また、パラオに限っては日本からだけでなく様々な国からの沢山の観光客で賑わっていましたが、その良さは規模が大きすぎない事ではないかと思いました。高級高層ホテルが所狭しと林立するわけでも、至るとこに免税店があるわけでも、ビーチを人が埋め尽くすというわけでもない。隠れ家的リゾート地?といった感じも受けました。観光資源も充実しており、2012年に世界遺産にも登録されたロックアイランドでは丸一日たっぷり観光。石灰と海のミネラルで美白効果のある泥パックを全身に塗りたぐったり、干潮時に現れる幻の?海の道、ロングビーチや神秘の湖ジェリーフィッシュレイク、透明度の高い美しい海でシュノーケリングを体験したり、まるで子供に戻ったかのように思いっきり皆様楽しんでいました。

ペリリュー島の日本軍司令部跡

そして、パラオと言えば忘れてはいけないのが太平洋戦争で激戦の島となったペリリュー島です。長さ9キロ、幅3キロしかない小さな島。侵攻の際、米軍指揮官は3日間で攻略すると宣言しましたが、実際には2ヶ月以上にわたる戦闘が行われました。激戦で多くの犠牲者が出たのは言うまでもありません。島に残る戦跡を巡る中、もっと多くの日本人がこの地を訪れ、この地であった事を知らなければならない、また、決して同じ悲劇が繰り返されてはならないと強く感じました。(岩間)

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キリスト教徒の国・エチオピア

2016年4月21日 カテゴリ: アフリカ情報

エチオピア旅行、エチオピアツアー

先日、エチオピアの神髄8日間のツアーより帰国しました。北エチオピアの見どころを一周し、たくさんのエチオピア正教の教会を見てきました。キリスト教の教会壁画といえば、聖母マリアがいて、イエス・キリストがいてと、日本でもたまに目にするような画を想像することができると思うのですが、エチオピアにあるキリスト教の壁画・絵画は、西欧諸国、あるいは日本で見られるものとは全く雰囲気が違います。そもそも、エチオピアって、キリスト教の国だったの?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。実はエチオピアは、アフリカ大陸で最も古くからキリスト教を信仰している国なのです。多くのアフリカ諸国の中でキリスト教が信仰されるようになったのは近代に至ってからなのですが、エチオピアにキリスト教がもたらされたのはなんと4世紀。本当に古くからキリスト教の文化が根付いているんです。そんなわけで、エチオピア国内を周っているとたくさんの教会を見ることになります。

描かれている聖書の登場人物たち、聖人たちもエチオピア風です。トップの写真はエチオピア北部の古都ゴンダールにあるゼブレ・ベルヘン・セラシー教会の天井に描かれた天使たち。肌の色はチョコレート・ブラウンで、目は大きく、すっきりとした鼻、少し困ったような眉毛。典型的なエチオピア人の顔だちをしていました。80体もの天使たちはあらゆる方位を向いていて、神の力はありとあらゆるところに向けられているんだということを表しています。長い歴史の中で、ずっと占領されずに独立を保ってきたエチオピアは、周辺諸国にイスラム教が広まっていく中でもキリスト教を信仰し続けていました。その為、イスラム教徒に攻撃されることもありました。18世紀、ゴンダールの街はスーダンのイスラム教徒に侵攻され、もともとこの街にあった、44もの教会が破壊されてしまいました。デブレ・ベルハン・セラシー教会は、このゴンダールに残る、18世紀以前からある唯一の教会なのです。

そんな敬虔なキリスト教徒の国、エチオピアの歴代の王の中には、エチオピアの中に第二のエルサレムを造ろうと考えた王がいました。12~13世紀頃、信仰心の篤いラリベラという王は、かつて兄弟に王位を狙われ、エルサレムに亡命していたことがありました。聖地エルサレムを目にしたことのあるラリベラは、いつかは自分もエルサレムに埋葬してもらいたいと考えていたのですが、周辺諸国をイスラム教徒の国々に囲まれているエチオピアから、エルサレムまで移動するのは非常に困難なことでした。標高も高く、山々が連なり移動するのも大変、というのもあって、エチオピアの国民たちは信仰心があるにも関わらず、聖地巡礼をすることができない人がほとんどだったのです。遠い国エルサレムに思いを馳せて、自分の為に、そして国民の為に、王は首都に第二のエルサレム建設しようと考えたのでした。

エチオピアツアー、エチオピア旅行

ラリベラは、町に12もの岩窟教会群を築きました。それらは全て1枚岩を掘り抜いてできたもの。伝説によると、王が夢の中で「教会を作るときは必ず一つの岩をくりぬいてつくること」という啓示を受けたからと言われています。なんと、この岩窟教会群、現在の技術をもってしても、どうやって造ったのかわかっていないんです。実際に歩いてみると、修復されたところ以外は全く石の継ぎ目がありません。約700年前に造られたとはとても思えないクオリティです。たくさんの人が今もなお巡礼に訪れていて、長い歴史のなか、絶えず教会としての機能を保ち続けているのもすごいところです。人々が一心不乱に祈る姿に、なんだか圧倒されてしまいました。(留置)

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ハロン湾にてゆったり2泊3日のクルーズ(ベトナム)

2016年4月20日 カテゴリ: アジア情報

先日、ユーラシア旅行社の「フレンチコロニアルなオウコー号宿泊 ハロン湾の優雅な休日 6日間」のツアーより帰国致しました。
ベトナムで一番有名な観光地と言っても過言ではないハロン湾への観光は、通常ユーラシアのツアーではゆったりとクルーズ船利用の1泊2日の旅が主流となっています。今回のツアーではさらに1泊増えて、2泊3日のさらにゆったりとしたツアーでした。
船で2泊3日もあり退屈するのではと思われがちですが決してそんなことはありません。
今回のオウコー号では、下船観光が4回ありますが、その中でも私のお勧めの観光2か所をご紹介します。

オウコー号

まず1つ目がカットバ国立公園ですが、船を下りてから、自転車に乗り換えて、片道5kmの道のりをサイクリング。自転車に乗りたくない場合は、電気カートで移動することも可能です。また途中オウコー号の食事でも出されるという有機栽培の野菜畑を見学しましたが、畑を耕していた人たちの優しい眼差しを見て、ここで作られた野菜は絶対に美味しい、そう確信しました。さらに、人口わずか280人のベトハイ村へ行き、93歳のおばあちゃんの家に民家訪問をしたり、小学校などを見学しました。実はこの村、なんと2009年まで電気が通っていなかったそうです。今も農業で生計を立てているこの村ですが、そこに住む人々は皆優しい面立ちをしていました。きっと昔の日本もこんな感じだったんだろうなと想像できました。

有機野菜農場
もう1つがブンビエン水上集落の見学です。ここは6人乗りの小舟に乗り換えて行きます。小舟にはエンジンなど着いておらず、船頭さんが漕ぐ2本の櫂の音しか聞こえませんので、静かに時は流れて行きます。そして昔からハロン湾内にて家屋を建てて、漁業を営む人の生活を垣間見ることができました。

ブンビエン水上漁村
もちろん下船観光だけではなく、船内にいる時も決して退屈はせず、1日の始まりは朝食前にサンデッキにて太極拳教室があったり、春巻き作りを楽しんだり、夕食後は船員さんたちと一緒にイカ釣り体験もできます。もちろん何もしたくない時は、サンデッキに上がり横になったり、あるいはお部屋で休んだりと思いのままにお過ごし頂けます。
こうして2泊3日のハロン湾の旅はゆったりと時が流れていたはずですが、不思議なもので終わってみればあっという間でした。(斉藤信)

太極拳

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小さな国、サンマリノの深~い歴史(欧州の小さな国々)

2016年4月19日 カテゴリ: 西欧・南欧情報

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先日「欧州小さな国々、夢紀行」の添乗より帰国しました。10日間で訪れた国はリヒテンシュタイン公国、バチカン市国、サンマリノ共和国、モナコ公国、アンドラ公国、更にスイス、イタリア、フランス、スペインの9カ国!それに加えてまだ国際的に独立国として認められていない〝自称独立国家〟のセボルガ公国や二つの飛び地も訪問しました。これらの単体では訪れにくいヨーロッパの小国を、現地の人々との交流を楽しみながら列車とバスで効率よく巡ってきました。

地図上ではあまりの小ささに見落としがちなこれらの小国は、実際訪れてみるとそれぞれ個性的で興味深いことばかりです。政体や歴史もユニークで、多くの小国がタックスヘイブンを行っており、実際にはその地で活動していないのに、形だけの本社が置かれている外国企業(ペーパーカンパニー)が多いのも特徴。なかでも今回、一番印象に残ったのがサンマリノ共和国。61平方キロメートルという、ニューヨークのマンハッタン島程の小さな面積に、およそ32,000人が暮らし、周囲をすべてイタリアに囲まれた山岳国です。

サンマリノ共和国を訪れる上で忘れてはいけないのがその歴史。今日、世界の多くの国で採用している「共和制」の始まりは、実はここ、サンマリノなのです。西暦301年に共和国として誕生し、以後、独立を維持。現在の国会(大評議会)の定員は60名で、執政(国家元首)を2名任命し、権力の集中を防いでいます。又、独裁政権にならないように、国家元首の任期を約半年と短く定めているのも特徴です。国防、教育、医療などは全てイタリアに依存し、更に裁判官もイタリア人に依頼。その背景には「国民の多くが顔見知りのため、公平を保つのが難しいから」という小国ならではの理由があります。

そんな歴史深い小国サンマリノの産業は、ずばり、観光。サンマリノの国土は標高700mのティターノ山に位置し、その「山岳地帯」という地理的条件が国全体を要塞のように守ってきました。中世には山頂に3つの砦が築かれ、隣国の領土争いが続く最中、自由と独立を守り続けることができました。そのため、旧市街は戦火による破壊を免れ、現存する古い石造りの建築物と共に2008年に世界遺産に登録されています。

中世から続く町らしい、石畳の坂道を登り、14世紀のサン・フランチェスコ教会や広場、素朴な外観の大聖堂を見学し、更に歩みを進め頂上へ。11世紀に建てられたグアイダの塔からは真っ青なアドリア海とイタリアのリゾート地として知られるリミニの町が一望できました。お天気に恵まれ、少し汗ばんだ体に、山の爽やかな風が心地よく吹いてきました。小国ならではの穏やかな雰囲気と人々の温かさ、そして知られざる国の魅力に触れられた新鮮な旅となりました。(三橋)

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マヤ文明最大のカラクムル遺跡をゆったり観光(メキシコ)

2016年4月15日 カテゴリ: 中南米情報

メキシコカラクムル遺跡

先日、「春分の2つの奇跡も見学! メキシコ古代文明とセノーテ 11日間」の添乗より帰国致しました。今回のツアーでは中々ツアーでは訪れないカラクムル遺跡にもご案内いたしました。

カラクムルはユカタン半島南部に位置するマヤ文明有数の遺跡です。マヤ文明の遺跡といえばグアテマラのティカル遺跡が一番に頭に浮かぶ方が多いかと思いますが、このカラクムル遺跡は一時あのティカルを倒したとされている巨大都市。マヤ最大の遺跡というだけあり、カラクムル保護区に到着してから遺跡が建ち並ぶ場所まで長い道のりです。
カラクムル自然保護区に到着してから約60キロ走り、4WDに乗り換えます。ここからはサファリタイム、カラクムル自然保護区は運がよければ野生の動物たちに遭遇できるので、お客様も私も必死で車窓に目を凝らします。すると、ドライバーさんが突然車を止めて指を指しました。その先には、なんとピューマが!後から聞くと長年ここをドライブしているドライバーさんも初めて見られたのだそう。そのほかにも、孔雀やハナグマなどがお出迎え。そうこうしているうちにカラクムル遺跡に到着しました。カラクムル遺跡は2002年に世界遺産に登録されてから間もない遺跡なのであまり観光客もおらず、ゆったりと観光できます。密林の中にある細い道を進み遺跡を目指します。約20分歩くと突如、目の前に巨大な遺跡群が。遺跡の上に登ると、なんとも言えない爽快感、そして遠くの方に遺跡がぽつぽつとあり、カラクムルの壮大さを感じることができるので降りるのが惜しいと思うほど。そよ風が吹く中ぼーっとマヤ最大の遺跡に思いをはせ、とても濃密な時間をすごすことができました。(竜崎)

春分の日の朝日。アンコールワットで特別な一時を!(カンボジア)

2016年4月14日 カテゴリ: アジア情報

アンコールワットの春分の日の朝日

先日、「アンコール遺跡群を極める旅 9日間」のツアーより帰国致しました。
今回のツアーは、首都プノンペンから入り、その後陸路にてシェムリアップまで移動。シェムリアップを拠点に市内外に点在するアンコール遺跡をご案内致しました。
今回のメインは何と言ってもアンコールワットでの春分の日の朝日鑑賞。
春分(秋分)の日の朝日は、昼夜の長さがほぼ等しくなる日の早朝、西参道に立ち、中央塔を臨むと塔の真後ろから昇ってきます。1年の中でも限られた時にしか見られない為、春分の日の前後1週間はカンボジア国内外からたくさんの観光客が押し寄せます。
当日、日が明ける前にホテルを出発。懐中電灯で足元を照らしながら参道を進みました。西塔門を過ぎ朝日のポイントに到着すると芝生に腰を掛け、または西参道いっぱいに朝日を待ち望む人々で溢れていました。
高さ65メートルの中央塔は太陽神ヴィシュヌが祀られた神聖な聖域です。アンコール時代の数ある神殿建築が、正面を東に向け建てられたのに対し、アンコールワットは、西向きを正面に建てられました。アンコールワットの正面を西向きにしたのは、春分の日の太陽がこの神聖な塔の真後ろから昇ってくるよう設計されたからです。アンコールワットと深い縁のある太陽を、暦では最も神聖な春分の太陽を使って、より一層神秘的にさせようとしたのです。
今か今かとその時を待っていると、徐々に空の色が変わり、アンコールワットが朝焼けに染まっていきます。そしてついに太陽が昇り始め、塔の後ろから姿を現した時には思わず、「わぁー、綺麗!!」と辺りから声が漏れました。一瞬の出来事を目に焼き付ける方、カメラのフィルターを覗き写真に収める方等、今しか見られないと思うとその一時を大切に丁寧に過ごしているように見えました。
中央塔の上に太陽が重なるのはほんの一瞬でしたが、アンコール時代に見られていた光景が21世紀の現在も見られるなんて、なんだかとても浪漫を感じた瞬間でした。朝焼けに染まるアンコールワットはもちろん素敵ですが、中央に聳え立つ塔の後ろから昇る朝日が塔と重なり合う瞬間は見応えがあります。時間にすると数十分の出来事でしたが、実に密度の高い時間を過ごしました。(大和田)

水の都、早春の水郷を歩く(中国・江南地方)

2016年4月13日 カテゴリ: 中国・モンゴル情報

西塘の廊棚(ろうほう)

先日、中国の江南地方の水郷を巡る旅から帰国しました。
江南地方は長江の下流に広がるデルタ地帯。
この水郷の町々は上海の郊外に点在しているので、日本から飛行機でわずか3時間で上海へ。気軽にぶらっと行くことができます。
そのデルタ(三角州)地帯に点在する運河の町を巡ってきました。

今回の旅では、訪れる町の至る所で春の到来を感じることができました。
町の郊外に出ると眩しいほど鮮やかな黄色の菜の花畑が広がり、
ふと庭園に入ると梅や桃の花、ひかえめに咲く薄ピンク色の桜が咲いており、
街角では一瞬心が和むような木蓮の香りが風にのって漂ってきます。

どこの街も運河に沿って中国の明朝・清朝時代(14世紀以降)の鄙びた建物が建ち並び、
まるで迷宮のような狭い路地が入り組んでいるのが特徴です。

どの水郷も水路と路地を中心とした街並みは同じですが、実は
水郷毎に雰囲気が少しずつ異なっています。
廊棚(ろうほう)という長さ2キロにも渡る屋根付の廊下が運河沿いに続いてる西塘(せいとう)や京都の長屋のような古い建物が密集している烏鎮(うちん)、洗濯物が万国旗のようにはためき、庶民臭漂う錦渓(きんけい)、枝垂れた柳と運河の風景が美しい南潯(なんじん)など各町毎に異なる雰囲気漂っています。

今回、一番水郷らしさを感じたのは、「周荘」という町。
手漕ぎ船に乗ると船頭が軽快に櫂を漕ぎながら土地の民謡を歌います。
ゆらゆらと船に触られ、穏やかな民謡を聴きながら眺める静かな古都。
風情は満点でした。

500年以上の歳月を経た建物は瓦屋根が歪み、
密集する木造の古民家はどこも長い年月を経て黒光りしています。
春の穏やかな日差しの中、石畳の路地を歩き、
古き良き中国らしさを存分に感じることができました。(上田)

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