ユーラシア旅行社で行く! ユーラシア大陸最西端、ポルトガルツアーの魅力

ユーラシア旅行社で行くポルトガルツアーで地方に点在する珠玉の街や村、大西洋の島々まで丁寧に巡ります。

ポルトガルツアー、ポルトガル旅行
ロカ岬
ポルトガルツアー、ポルトガル旅行
オビドスの町/ポルトガル
ポルトガルツアー、ポルトガル旅行
発見のモニュメント/リスボン

バルトロメウ・ディアスの喜望峰到達、

バスコ・ダ・ガマのインド航路開拓、

フェルディナンド・マゼランが率いた

艦隊による人類初の世界一周。

大航海時代にスペインと競って

華やかな功績をあげたポルトガル。

貿易で手にした巨万の富は

国を大いに繁栄させました。

リスボンやポルトでは今も

当時の繁栄振りが窺える

建物をご覧頂けます。

 

一方で、繁栄の波がそれほど及ばなかった

地方の小さな街や村では

今も素朴で伝統的な生活が送られています。

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでは、

古きよき風景が息づく、

ポルトガルの美しい村を丁寧に巡ります。

 

また、大西洋に浮かぶ常春の島々、

マデイラ諸島、

アソーレス諸島も

迫力ある自然、

色彩豊かな文化と

魅力に溢れています。

 

ユーラシア旅行社で行くポルトガルツアーで

大航海時代の栄華の残照、

珠玉の街や村、

大西洋の島々の自然に触れてみませんか。

ユーラシア旅行社のポーランドツアー
バターリャ、大修道院の「未完の礼拝堂」

ポルトガル中部にあるトマール。

世界遺産の修道院で有名なこの町で

4年に一度開催されるのがタブレイロス祭です。

 

タブレイロスとはお盆という意味です。

昔王妃がお盆にパンを載せて

町の貧しい人に配ったことに起原し

祭りでは女性がお盆にパンを載せて練り歩きます。

 

しかしこのお盆、ただものではありません。

塔のようになったパンとお盆、

総重量は20kg前後!

約5kmのパレードコースを歩くのは大変なもので

お盆を掲げる女性には

汗を拭いたりお盆のバランスを直すため

ひとりずつ男性が付き添います。

 

美しく飾られたパンのタワーと

男女約450組の息の合ったチームワークは

華やかでポルトガルの青空によく映えます。

 

2015年は4年に一度の開催年です。

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでは

トマールのタブレイロス祭の開催に

あわせた出発日もございます。

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トマールのタブレイロス祭
ポルトガルツアー、ポルトガル旅行
トマールのタブレイロス祭

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーで訪れる珠玉の街、村

南北に長いポルトガル。
全土に渡って有名な世界遺産の都市や

知られざる味わい深い町があります。
ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでは
北から南までポルトガルを満喫します。

ギマランエス

2001年、歴史地区が世界文化遺産に登録。
ギマランエスの町の入り口には
「ここにポルトガル誕生す」
と記されています。
ここは初代国王アフォンソ・エンリケスが
生まれた地であり、
住民は建国の地であることに誇らしげです。

 

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでは、
エンリケスが洗礼を受けたサン・ミゲル教会、
ゴシック様式のブラガンサ公爵館、

街の中心トゥラル広場、
イスラム勢力の追放を記念した

ノッサ・セニョーラ・ダ・オリベイラ教会に

ご案内致します。

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ギマランエス

ポルト

1996年、歴史地区が世界文化遺産に登録。
ポルトガル第二の都市。
アルト・ドウロで収穫され
搾られたワインは、
ここポルトで熟成され
港から世界に運び出されます。
また、近郊にある街、ガイアは
かつて“カレ”と呼ばれており、
”ポルト・カレ“が
ポルトガルの語源だと言われています。

 

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでは、
証券取引所として使われていたボルサ宮、

金を贅沢に使った内装が見事な

サン・フランチェスコ教会にご案内致します。

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ドウロ川/ポルト

エヴォラ

1986年、世界文化遺産に登録。
イスラム勢力から奪還して以来、
歴代の王が好んで過ごした町。
ルネサンス時代には多くの芸術家が
宮廷に集まりました。
中でも多かったのが建築家で、
マヌエル様式、

ルネサンス様式、
バロック様式、

イスラム風と
様々な様式の建築が現存しています。

 

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでは、

一般的なツアーでは訪れることの少ない

エヴォラの街にもご案内致します。

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エヴォラ

アルコバサ

1989年、サンタ・マリア修道院が世界文化遺産に登録。
アルフォンソ・エンリケスが
イスラム勢力駆逐を記念して建立した修道院です。

 

この修道院に関わる、

ポルトガル文学で語り継がれる悲恋があります。

 

父アフォンソ4世により、

隣国カスティーリャ王国のコンスタンサ姫と

政略結婚させられたペドロ1世は、

姫の侍女イネスと恋に落ちます。

父王の反対もありましたが、

姫が産後の肥立ち悪く亡くなると、

王子とイネスの中は

公然のものとなり、

3人の子を授かりました。

公務も顧みずイネスに執心の息子に

激怒した父アフォンソ4世は

イネスと3人の子の暗殺を命じます。

最愛の女性を殺された王子は、

父の死後、王位に就き復讐を果たします。

暗殺に関わった者を処刑し、

妻イネスの墓を掘り起こし戴冠式を行ないました。

ペドロ1世の死後、二人の棺は

お互い足を向けるような配置で、

サンタ・マリア修道院に安置されています。

最後の審判の後に復活した際、

起き上がって最初に目にするのが

最愛の人であるようにという願いのためです。


ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでは、

ポルトガル彫刻の最高傑作とも言われる
ペドロ1世の見事な棺が安置されている
サンタ・マリア修道院にご案内致します。

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ペドロ1世の棺/アルコバサ

オビドス

ムーア人の勢力を駆逐したあと、

人々は防衛面だけでなく
美しさにも気を配ってオビドスの街を整備しました。
王妃イザベルがその美しさにひどく心を奪われため、
ディニス王は王妃にこの街を贈りました。
現在もオビドスの街はあちこちに花が咲き
往時の美しさを留めています。


ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでは、
この美しい街に宿泊するツアーもございます。
他の観光客がいなくなった街を歩くと、
まるでタイムスリップしたような感動を
味わっていただけることでしょう。
 

ポルトガルツアー、ポルトガル旅行
春のオビドスにて(弊社添乗員3月上旬撮影)

シントラ

1995年、シントラの文化的景観が世界文化遺産に登録。
リスボンから西へ約30キロ、標高500mを越す
シエラ・デ・シントラと呼ばれる山は
格好の避暑地であり、
歴代の王がこぞってここに夏の離宮を建てました。
かつて詩人のバイロンも
「この世のエデンの園」と讃えました。
さらに、シントラの王宮から
車で20分ほど登った先には、
おとぎ話に出てくるような
かわいらしいペナ宮があります。


ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでは、
大型バスでは行けない為、
一般的なツアーではあまり訪れることのない
ペナ宮までご案内致します。

ポルトガルツアー、ポルトガル旅行
ペナ宮/シントラ

コインブラ

2013年、コインブラ大学が世界文化遺産に登録。
1255年にリスボンに遷都されるまでの間
ポルトガルの首都はこのコインブラでした。
その後、1290年にディニス王によって
ヨーロッパ最古の大学の一つである
コインブラ大学が創設されました。
学部ごとに違うリボンの色、
女子学生は好きな男子のマントの裾に裂け目を入れる
など独特の興味深い学生文化もあります。

 

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでは、
世界遺産のコインブラ大学と、

内装に黄金を贅沢に使った付属旧図書館、
中世からの学生街である旧市街へ

ご案内致します。

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コインブラ大学

バターリャ

1983年、バターリャ修道院が世界文化遺産に登録。
ポルトガル語で「戦場」を意味するこの町は
ジョアン1世がカスティーリャ軍を破った
戦勝記念の町です。


ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでは、
柱のない参事会堂と未完の礼拝堂が見事な
バターリャ修道院にご案内致します。

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バターリャの大修道院

トマール

1983年、キリスト教修道院が世界文化遺産に登録。
ナバン川河畔の町、トマールは
1314年、仏王フィリップ王の圧力を受けて
解散したテンプル騎士団が、
キリスト教騎士団へと姿を変え、
本拠地とした町です。
騎士団の資金力が大航海時代の
原動力になったとも言われています。

バターリャとトマールの街は

マヌエル様式の傑作が多く残されているという点でも

見逃せません。


ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでは、
マヌエル様式の大窓が見事な
キリスト教修道院にご案内致します。

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キリスト教修道院の大窓/トマール

マルヴァオン

スペインとの国境まで僅か8㎞に位置する、
岩山の上に築かれた「鷲の巣」と呼ばれる小村。


ユーラシア旅行社のポルトガルツアーで
マルヴァオンを訪れるツアーでは、

国営ホテル、ポサーダに宿泊致します。

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山頂の村マルヴァオン

アルガルヴェ地方

ポルトガルの最南端のアルガルヴェ地方。
聖ビセンテの棺が流れ着いたという伝説がある
サン・ビセンテ岬は

ヨーロッパ最南西端の地でもあります。
イスラム文化の影響を色濃く残す
レコンキスタ完了の地、
ファロは船着き場と城壁とラグーンに囲まれた
旧市街が見所です。

 

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでは、
ポルトガル最南端のアルガルヴェ地方、
ファロやサン・ビセンテ岬まで

足を延ばすツアーもございます。
 

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ポルトガル最南西端サン・ヴィセンテ岬

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーで訪れる、ユーラシア大陸最西端ロカ岬

北緯38度47分、西経9度30分
ユーラシア大陸最西端の地、ロカ岬。

ロカ岬に建つ十字架の塔の下に、
こんな言葉が刻まれています。
「ここに地が果て、海が始まる。」
バスコ・ダ・ガマの功績に感銘を受けた
ポルトガル最大の詩人カモンイスによる詩の一節です。

スペインと共に
大航海時代の幕開けを飾り、
その黄金期を迎えたポルトガル。
西アフリカ沿岸の航路を開拓したエンリケ航海王子、
喜望峰に達したバルトロメオ・ディアス、
そしてインド航路を開拓したバスコ・ダ・ガマ。

果てしなく広がる大海原を前に、
かつての冒険家たちに
思いを馳せてはいかがでしょうか。

 

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでは
ロカ岬の訪問証明書を差し上げます。

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ロカ岬に立つ、カモンイスの詩を刻んだ碑

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーで満喫する首都リスボン

海かと見まごう大河、

テージョ川河口に位置するポルトガルの首都リスボン。

この街の歴史は紀元前1000年頃、

フェニキア人の港が築かれた頃まで遡ります。

当時はアリス・ウーボ(「穏やかな港」の意)と

呼ばれていました。

その後のローマ時代、

ムーア人による支配の時代と、

支配者が変わる度に街は名前を変えました。

8世紀から400年以上にわたって続いた

ムーア人の支配から街を解放したのが

アフォンソ・エンリケスです。

この時、街の名前がリスボンと定められました。

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーで大航海時代の栄華に思いを馳せる

15世紀、エンリケ航海王子の

西アフリカ遠征により

幕が開いた大航海時代。

バスコ・ダ・ガマ、

フェルナンド・マゼラン、

クリストファー・コロンブス、

国籍や、その後旅した場所は違えど、

錚々たる面々がこのリスボンで学びました。

 

大航海時代の勢いを感じさせるものが

ここリスボンにあります。

1960年にエンリケ航海王子の

没後500年を記念して建てられた

「発見のモニュメント」です。

テージョ川に面する

ベレン地区にあるこのモニュメントには、

エンリケ航海王子を先頭に、

繁栄を担った航海士、文化人、

有力者などの姿が刻まれています。

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発見のモニュメント/ポルトガル・リスボン

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでマヌエル様式建築を鑑賞

新たに開拓された航路は、

ポルトガルに多大な富をもたらし、
海の覇権は、ヴェネツィア、ジェノヴァから

リスボンに移りました。
ポルトガルの黄金時代に王座につき、
絶対王政を確立したのがマヌエル幸運王です。

 

マヌエル幸運王の名は当時流行した

芸術様式の名にも残っています。
ポルトガル黄金期の芸術様式「マヌエル様式」は、
ゴシック様式を土台に、
ロープ、錨、天球儀など船に関わる装飾、
貝殻、珊瑚、海藻などの海産物、
アジア、アフリカの目新しい動物、
そしてもちろんキリスト教モチーフ
などがあしらわれています。
それらの装飾が過剰なまでに施されている様子からは、
当時の繁栄振りが伺えます。

 

発見のモニュメントから

テージョ川を少し下ったところに建つ
ベレンの塔はマヌエル様式を代表する建築の一つです。
1983年に世界遺産に登録されました。
繊細な装飾があしらわれた

優雅な塔にはかつて王の居室があり、
長い船旅から帰還した航海士はここで王に歓待されました。
一方で、現在も水辺に向かって構えられた大砲を見ると
ここがかつて要塞としても使われていたことが窺えます。

 

マヌエル様式を代表する

もう一つの建築がリスボンにあります。
1983年に世界遺産に登録されたジェロニモス修道院は
マヌエル1世の直々の命により、
ボイタック、カスティーリョなどの
著名な建築家に依頼し着工されました。
ずらりと並ぶ聖人の彫刻が見事な正門には、
ここを訪れた天正遣欧少年使節団も

圧倒されたそうです。

ジェロニモス修道院のハイライトは、
柱などに隙間なく彫刻が施された回廊です。
マヌエル様式の特徴である、航海に関わる象徴、
航海先から入ってきた新奇な動植物などが
大理石の柱を埋め尽くしており、
マヌエル様式の全てが
この回廊に凝縮されていると言っても過言ではありません。

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ベレンの塔/リスボン
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ジェロニモス修道院/リスボン

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーで訪れるマデイラ諸島

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでは、
リスボンから西に1000キロ離れた、
大西洋上に浮かぶマデイラ島まで
足を延ばすツアーもあります。

奄美大島と同じくらいの大きさの島ですが、
山あり谷あり、
荒々しい海岸線など多様な魅力に溢れています。

世界遺産の照葉樹林、ラウリシルヴァを楽しむ

ラウリシルヴァは

大陸では氷河期に絶滅してしまった
太古の照葉樹が自生する森です。

氷河期以前のヨーロッパにおける植生が現存する

希少性から世界遺産に登録されました。


月桂樹の発する香気が虫や鳥を遠ざけているため
不思議な静寂に包まれています。

奇観ポルト・モニスを楽しむ

火山活動で出来たマデイラ島は、
島の中心に火口跡が残り、
その深い渓谷と壮大な景観を目の当たりにすると、
小さな島にいることを忘れてしまいそうになります。
また、島の北岸には、
溶岩が海水で冷やされて出来た奇岩と
天然のプールが織りなす奇景ポルト・モニスが。
他では見られない不思議な光景です。

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マデイラ島/ポルト・モニス

可愛らしいサンタナ村

開拓時代、祖国の家をまねて造ったといわれる、
大きな萱葺き屋根が特徴の家々が残るサンタナ村。
日本の合掌造りを髣髴とさせる

ずんぐりとしたシルエットに、
魔除けのカラフルな窓枠や扉。
そして四季を問わずカラフルな花々で彩られる
素朴な村をお楽しみ下さい。

ポルトガルツアー、ポルトガル旅行
萱葺き屋根の家が並ぶサンタナ村/マデイラ島

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーで訪れるアソーレス諸島

失われたアトランティス大陸の一部だという
伝説を持つアソーレス諸島は、
大西洋の真ん中にある9つの火山島です。
大航海時代には新大陸とヨーロッパを結ぶ
航路上の重要な補給拠点となり、
大西洋の十字路に位置する島として栄えました。
年間を通じて温暖な気候に恵まれた島には緑と花が溢れ、
サファイアブルーとエメラルドの湖など
火山がつくり出した美しい自然景観が楽しめます。

 

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーには、

大西洋の秘境、アソーレス諸島を訪れるものもあります。

ポルトガルツアー、ポルトガル旅行
大西洋の秘境、豊かな緑溢れる伝説の島アソーレス

強い愛国心の歴史が刻まれたテルセイラ島

新大陸とヨーロッパを結ぶ主要港、
アソーレスの中心都市として栄えた島、
アングラ・ド・エロイズモは、
地震の被害を乗り越えて復興し、
1983年、世界文化遺産に登録されています。
愛国心の強さはその街の名前
(エロイズモ=英雄)にも残ります。

青きファイアル島とピコ島

ヨットが停泊する港町、
ファイアル島のオルタには教会が点在し、
岬の要塞が町を見守っています。
隣のピコ島にあるピコ山(2351m)は
実はポルトガルの最高峰。
海から浮かび上がるようにそびえる姿は壮麗です。

 

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでは、
2004年に世界遺産に登録された
ピコ島のブドウ畑の景観もご覧頂きます。

ユーラシア旅行社で行くポルトガルツアーは宿泊にもこだわります!

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーには、

ポサーダ、ブサコの宮殿ホテルなど

ポルトガルならではのご宿泊を

お楽しみ頂くものもあります。

ポサーダ

ポサーダとは、

修道院などの歴史的建築物を改築した

国営ホテルチェーンのことで、

ポルトガル国内に約40軒あります。

それぞれに個性がありながら

機能は現代的で便利です。

 

アライオロス、

ヴィアナ・ド・カステロ、

マルヴァオンを訪れる

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでは、

ポサーダにご宿泊頂きます。
 

ポルトガルツアー、ポルトガル旅行
ポサーダの中庭/アライオロス

ブサコの宮殿ホテル

広大な森の中に佇むブサコパレスは、

ポルトガル最後の国王が

狩猟の為の離宮として使っていた建物です。

改築されて、現在はホテルになっていますが、

アズレージョで飾られた内装など

とてもホテルとは思えない、

正に宮殿そのままといった姿を今にとどめています。

王室の狩場であった周辺の森を散策したり、

滞在をゆっくり味わいましょう。

 

 

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでは、

ブサコを訪れるツアーで、
このブサコ・パレスにお泊り頂きます。

ポルトガルツアー、ポルトガル旅行
宮殿ホテル/ブサコ

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでポートワインを味わう

ポルトからドウロ川をさかのぼること約50km、
そこがポートワインの故郷、

アルト・ドウロ地域です。

急峻な渓谷に広がるブドウ畑の

美しい文化的景観が評価され、

2000年に世界文化遺産に登録されました。

 

ドウロ川が刻んだ渓谷には、
山の稜線に沿って段々に、
見渡す限り一面のブドウ畑が広がっています。
石灰岩質の土壌、
昼夜の激しい気温差、
ちょうど良い湿度に恵まれた土地は、
独特の糖度の高いブドウを産出します。

 

世界三大酒精強化ワインである

「ポートワイン」を名乗るには、
ドウロ川上流の限られた土地で生産されることは絶対条件。
しかしそれ以上に、美しいアルト・ドウロの景色もまた、
ポートワインの味を深めているのではないか、
と思えてくるほどです。

 

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーでは、

ドウロ渓谷沿いを走るドウロ線に乗り
アルト・ドウロ地区の懐深くまでご案内致します。
 

ポルトガルツアー、ポルトガル旅行
ポートワインのふるさと、アルト・ドウロ

ユーラシア旅行社のポルトガルツアーで哀愁漂うファドに触れる!

ポルトガル語で「運命」を意味する
この伝統音楽は、
19世紀初頭には
ギターラ、ヴィオラを従えて
黒い服に身を包んだファディスタが歌う
現在の形になっていました。
2011年、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。

 

歌われる内容は
明日への希望や、
漁師たちの労働歌もありますが、
ファドの醍醐味を味わえるのは
女性の悲哀を歌ったものと言われています。

 

海に出て帰らぬ夫、
過去の男、
生活の苦しさなどを
声を張り上げて歌う様子に
聴き手は心を揺さぶられます。
それは日本の演歌にも通じるものがあります。


ユーラシア旅行社で行くポルトガルツアーでは
ファドの調べとともにご夕食をお召し上がり頂く

ツアーもございます。

ポルトガルツアー、ポルトガル旅行
哀愁漂うファド(イメージ)
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