顧客と自分の特性に合った戦術を極める

 消費者ニーズを掴むといいながら、現在何が流行っているかとか、高齢者対策として何が必要だとか、大雑把な議論がなされることが多いが、そうした議論は疑問を感じる。不特定多数の浮動層の動向や、世間の表面的な現象にばかりとらわれると、自分の足場が定まってこない。高齢者といっても様々な価値観があるし、体力のある人も無い人もいる。私たちは、年齢とか性別とかのセグメントではなく、志向性(行動特性とか思考特性)でセグメントを想定した方がいいと考えている。

  弊社の場合、熟年に強い旅行会社だと評価されることがあるが、特に熟年層を意識した旅行を運営しているつもりはなく、精神的成熟層に向けたサービスの最善のあり方を常に試行錯誤している。それゆえ、意外と体力が必要なツアーも多く、若い人と元気な熟年層がともに旅を楽しむ光景は、弊社のなかで当たり前のこととなっている。

  精神的に成熟するためには時間が必要なので、結果として熟年の比率が高くなるが、時代の推移とともに成熟の年齢は低くなっていくという信念のようなものが弊社にはある。若いうちから多くの情報や物に触れると、目が肥えて、ありきたりのものを求めなくなる。また自分の心が本当に望んでいるものがわかるようになって、派手な広告や上辺の演出に騙されない。私どもはそのような心理状態を「精神的成熟」と呼んでいる。

  ターゲットの設定は、会社のバックグラウンドによって異なって当たり前で、みなが同じにする必要はないが、性別とか年齢という表層的なカテゴリーで対象を括ることは、もはや時代遅れかもしれない。世の中は、ボーダレスの傾向が強まっている。しかしそれは、表層的な枠組みが壊れているのであって、「志向性」という見地に立てば、細分化された幾つかのグループが見えてくる。大事なことは、どういう“志向性”の人をターゲットにすることが自社のビジネスに相応しいかを読みとることだ。その上で、その人たちに相応しいサービスのあり方を構築し、その人たちに相応しい方法でコンタクトをとり、その人たちに相応しい方法で対話を行って信頼を深めていくことが、成果への道だと思う。

 「その人たちに相応しい方法を考えて実践すること」は、会社にとって戦術にあたる。今日のビジネスは、戦略も大事だが、それ以上に戦術を重視すべきではないか。本丸を落とす為に、二の丸、三の丸にどういう人員配置を行うかという戦略も大事だが、戦闘の犠牲を最小限にして二の丸、三の丸を落とす戦術こそが、勝負の分かれ目のような気がする。

 戦術を極める為には、ターゲットの特性を知ることはもちろんのこと、自分の持ち味を最大限に生かすことが大事だ。それゆえ、どの会社にも通用する普遍的な法則など無い。例えば、添乗員を派遣会社に委託するのか自社社員にするのかという人材の配置に関する問題は、会社の経営資源の分配の仕方=「戦略」の違いにすぎず、そこから一歩進んで、配置された人材が最大の力を発揮できるシステム=「戦術」こそが、企業現場にとって大事なことなのだ。そしてその「戦術」づくりのためには、会社なり事業部が自らの方針や戦略を明確に持ち、それをスタッフに語りかけ、スタッフがその方針や戦略の意義を共有してモチベーションがあがるよう辛抱強く働きかけていかなければならない。

 今日のビジネスは、道行く人10人全ての傾向を読む必要はなく、10人に1人でもいいから確実に「自分のお客様」を探しだして、その人達に確実に受け入れられる対話の方法(広告や販促も含めて)を作りだして、その人達に深くコミットしてファン化して、そうした試みと、それに費やす労働コストのバランスを周到に考え抜かなければならない。 しかし、旅行業は、形の無い商品を扱っていることと、戦争や天災や為替など環境要因に左右されやすい構造の為、問題意識が総論に流れやすく、対策も漠然としてしまう。商品に形が有ろうが無かろうが、お客様の表面的な要望に流されずお客様の気付いていないことをシミュレーションし、お客様にとってどうあることが理想なのか、また自分にとってどうあることが理想なのかを考えて議論し、実践し続けていくこと。そうした努力を必死に積み上げることで初めて、旅行会社も、そこで働く社員も、自分の特性がはっきりし、お客様にとっても他に取り替えのきかない存在になっていくのではないだろうか。

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