顧客と商品の特性を踏まえた説得力を磨く

 旅行業のプロとしての真価は、危険や苦情を事前に避ける措置や、それが起こった時の対応力として発揮される。 にもかかわらず、「最近のお客様は、細かいことで苦情を言う。昔はそういう類の苦情はあまりなかった。だから対応が大変になった」とボヤク人がいる。消費者の体験が増えてくれば商品やサービスに対して目が肥えてくるのは当たり前のことで、昔なら気にも留めなかったことが、今では大きな不満になることがある。

 熾烈な技術開発の競争に明け暮れている業界は、消費者意識の変化などは先刻承知のことで、現在よりも優れた技術のことだけを考えて日夜奮闘している。またサービス産業においても、サービスの質を向上させることは当然のこととして、苦情やトラブルを事前に避けたり合理的に解決するシステムの構築に勤しんでいる。旅行産業の場合、画期的な技術や独自の企画はないから、違う部分で進化しなければならない。その一つが、危機対応能力であり、説明力でないだろうか。

 近年、CS(顧客満足)経営という言葉がもてはやされたが、日本のビジネス習慣からすればCSなどは当たり前のことで、それが当たり前でなかったアメリカが日本から学んだことを逆輸入しても、あまり意味はない。もともとアメリカ人には「説明責任」という概念はあったが、顧客の立場に立つという細やかな配慮があまりなかった。日本人はその逆で、「説明責任」という概念を学ぶと同時に、その能力を磨かなければならない。

 とりわけ旅行会社は、この「説明責任」がとても重要になる。なぜなら、旅行商品には明確な形がないからだ。有形商品であれば、欠陥があれば取り替えが当たり前だが、旅行商品の場合、参加者の心象によって欠陥の有無が変わってくる。さらに、旅行会社は、オーバーブッキングや観光地の突然の閉館をはじめ自らに責任のないトラブルの場合でも、お客様から一次責任を追及されることが多い。そうした場合、旅行会社は、責任のある無しを主張したり、ただお詫びをしてやり過ごせばいいのではなく、忍耐強く状況説明を行い、旅行会社が置かれた立場も説明し説得する努力をしなければならない。

  高いお金を支払って旅行をするお客様にとって、「満足」を期待するのは当然のことで、それ以上に、「納得」を強く欲している。「満足」というのは、旅先の天気やトラブルによって変わるが、「納得」というのは旅行会社の対応力や説明力によるところが大きいため、旅行会社に対する信頼は、そうしたことに左右されがちなのだ。

 それだけ重要な旅行会社としての「説明責任」は、一部の顧客担当者が行えばいいという問題ではない。旅行業務のプロとして働く社員全員が、旅行サービスの特殊性と自社商品や顧客の特性を踏まえた「説明責任」のあり方を日夜考え、それを社内で議論しながら同じ意識を共有し、言葉と行動でお客様に示していくことが当然にならなければならない。さもなければ、お客様に対して、営業と添乗員と苦情処理担当者で食い違った対応をする恐れがある。そうならないよう、社員全員が会社のスタンスに添って顧客の納得性を高めていこうと努力することが、会社としての「説明責任」なのだ。

 旅行会社というのは、形ある商品もなければ生産工場も技術研究所も無い。在るのは人だけであって、それゆえ旅行会社がどうあるべきかというのは、そこで働く社員の意識がどうあるべきかと同一なのだ。環境や周りがどうのこうのではなく、まず自分はどうあるべきなのか、自分の会社はどうあるべきなのか、という問いをしつこいくらいに重ね、それを自分の言葉で語れるようになって初めて、お客様に対する「説明責任」も果たせるようになるのだろう。

 この10年で驚くべき構造変化を遂げた産業が幾つもあるが、旅行業は、はたしてどうだろうか。企画内容という表層的な変化ではなく、トータルな意味で、社会的に、かつ顧客からの信頼が厚い企業になるための実践がなされているだろうか。そこから得る成果として、利益率や給与の向上がみられるだろうか。何よりも、どのように働き、どのように顧客対応を行い、どのように説明責任を果たし、どのように成果を出していくかということにおいて、社員の意識が、10年前とどれだけ変わっているだろうか。あまり変わっていないとすれば、それは現状維持なのではなく、世の中の変化との関係で相対的に陳腐化し、地盤沈下を起こしていることになる。

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