変化に翻弄されない人材を求め、育てる

 弊社は、これまで採用セミナーにおいて、「旅好きという理由で弊社を志望する人は採用しません」と明言してきた。旅行が好きで旅行会社への就職を夢みてきた人は、この言葉を聞いて猛烈に反発を感じるようなので、あらかじめ、その理由を文章で伝えておきたい。

 銀行でも石油商社でも不動産業でも、就職の際には、お金や石油や不動産が好きかどうかではなく、仕事を通して、どのように社会と関わっていくか、どのような人生を築いていくかということが大事になる。しかし、旅行会社への就職を志望する人は、「旅行が好き」だとか、学生時代にどれだけ旅行をしたかということを自己PRとして述べることが多い。

 世の中に旅行が嫌いという人は稀なので、旅行が好きか嫌いかという区分は採用において意味がない。好きだから頑張るのではなく必要なことを考えて頑張るという仕事ならば当たり前のことを、どれだけ自覚できるか。特に旅行会社は、国の保護を受けた規制産業でもなく、既得権で利益を得ることもできず、特許すらない業界なので、社員一人一人がどのようなスタンスで働くかということが、会社の業績にストレートに反映される。

 自分がやりたいと思うことをやるためには、それなりの実力をつけて、リスクも自分で背負ってやらなくてはならない。成功者に成功の秘訣を聞くと、「好きなことだから夢中になれた」と答えることがあるが、彼等は、好きなことに自分を賭けるために自分でリスクを背負っていることを忘れてはならない。その覚悟も実力もなく企業の傘のなかで生きていく場合は、企業のなかで必要とされる人材になるように実力をつけて、周りからの信頼を得てはじめて自分の意に即した仕事ができるようになるのだ。

 世の中は常に流動的であり、やらなければならないことは変化していくが、仕事として成果を得るためには、その時々に最善のことを考え、実行していくスタンスが必要だろう。もし自分がリスクを背負っていれば、時には自分の意に添わないことも必死にやるに違いないが、自分にリスクが無い場合は、目先の好き嫌いや苦楽にとらわれて、状況判断を狂わせることがある。

 状況判断というのは、右か左か直観で決めるということではない。右の天秤に載せるべきモノと、左の天秤に載せるべきモノを、それぞれ数多く連想し、そのうえでどちらが重いか計れる能力で、そういうことを一瞬にシュミレーションして決断するから他人には直観に見えてしまうけれど、そこには、重層的な思考のプロセスが凝縮している。そうした選択肢を数多く連想していける能力が、人間ならではの生きる力であり、選択肢を数多く連想できるからこそ、変化が起こった際に“ゆらぎ”の増幅可能性を掌握し、瞬時に判断を修正することができる。

 就職という人生の節目に際しても、この状況判断力が大事になってくる。右の天秤に「旅行が好き」を載せて、左の天秤に「将来性」を載せたり、また右の天秤に「イメージの良さ」を載せたり、また左や右に「待遇」や「将来性」や「企業理念」や「利益構造」を載せていくというように、どれだけ多くのことを想定できるかがその人の想像力をはかる目安になり、仕事をしていくうえでの状況判断力につながっていく。とは言っても、環境にばかり期待すると、環境の変化に翻弄されるわけだから、どんな環境変化にも揺るがない実力を身につけることの方が判断として賢明なのかもしれない。

 どんな職場でも実力を発揮できる人は、人がやったことをやるだけでなく、未だ実現されていないことを実現する意志を持って取り組んでいる。旅行業で働くならば、 今、旅行業で実現されていることと実現されていないことを調べ尽くし、これから先何が必要なのか考え抜いて、仕事をクリエイトしていこうとする。

 仕事をクリエイトしていくというのは、新規事業を興すことに限らず、既存の事業の中でも、状況に応じて最善の方法を編み出していくことだ。これだけ変化の激しい時代に既存のやり方を踏襲するばかりだと、個人も組織も相対的に衰退していくことになる。

 旅行が好きでも嫌いでも構わないから、今自分たちに必要なことを真剣に議論し、すぐに実行できる人材と組織を作ることが、旅行業の明日につながっていくに違いない。

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