現在のスペイン・フランス国境周辺では、太古の昔、湿気を含んだ恵みの雨が石灰岩の土壌に樫等の木々を茂らせ、多様な哺乳類が住む森と川、山や海が人々の生活を支えていました。歴史的に、このバスクと呼ばれる地方は、スペイン北西部からフランス南西部にまたがる領域で、ヨーロッパのどの言語の影響も受けていない言葉を話し、独特と文化を持つ人々が連綿と伝統と歴史を繋いできました。近代国家の国境がバスクを2つの国籍(スペインとフランス)に分けられてはいますが、今もバスク独自の伝統はどちらの国籍であろうと変わりません。個性が色濃いバスク独特の風土と、先進的な感性が、21世紀の新しい価値観となって、私たちを旅へと誘います。
目次
- 美食のバスク、サンセバスチャンとビルバオ、ゲルニカ、ラ・リューヌ鉄道(スペイン・フランス)
- バスクとは?
- 経済の中心地、ビルバオ/スペイン・バスク
- グッゲンハイム・ビルバオ美術館/スペイン・バスク
- 世界最古、そして現役の運搬橋!世界遺産のビスカヤ橋/スペイン・バスク
- 美食の発信地サン・セバスティアン(ドノスティア)/スペイン・バスク
- オンダリビア(フエンテ・ラビア)の木組みの街/スペイン・バスク
- 日本で有名な人物もバスク人だった!フランシスコ・ザビエルの故郷・ナバーラ/スペイン・バスク
- 辺鄙な田舎に突然現代アート!?マルケス・デ・リスカル/スペイン・バスク
- 悲劇のゲルニカ/スペイン・バスク
- フランスにおけるチョコレート発祥地、バイヨンヌ/フレンチ・バスク
- ピレネー山麓の宿場町、サン・ジャン・ピエ・ド・ポール/フレンチ・バスク
- ラ・リューヌ登山鉄道に乗ろう/フレンチ・バスク
- フレンチ・バスクの小さな村々
- 美食の郷バスク
- バスクの伝統織物、ピカソも愛用したバスク織り
- バスクの伝統靴、エスパドリーユ
美食のバスク、サンセバスチャンとビルバオ、ゲルニカ、ラ・リューヌ鉄道(スペイン・フランス)
バスクとは?
ピレネー山脈を挟んでスペイン北西部からフランス南西部にまたがる地域が歴史的なバスク(地方)。歴史を通じて独自の文化と伝統を育み、他の欧州言語とは異なるバスク語は今日も健在です。20世紀後半は独立運動に揺れ動きましたが、今は自治権を与えられ、地域全体として大きく活気付いております。日本ではバスク風チーズケーキで一躍有名になりましたが、ヨーロッパでも有数の美食の地として知られており、ピンチョスが楽しめるバルやミシュラン星付きレストランも多数あります。
経済の中心地、ビルバオ/スペイン・バスク
バスクは現在の行政区分で言うと、スペインに4県、フランスに1地方とに分かれています。そのうち、スペイン側バスクの玄関口がビルバオです。前世紀に工業都市として発達し、バスク全体の経済を押し上げてきた街です。しかし20世紀後半からの工業の衰退、街中を流れる川の洪水による建物の倒壊など、経済と自然による打撃に見舞われます。その衰退からの脱却としてのアイデアがビルバオの街をいま目にする芸術の街へと変えました。現在ビルバオを訪れると、街を貫くピカピカの高速道路、大きなサッカー場やビル群、街の再生に貢献したグッゲンハイム美術館などにより近代的な街並みが広がっています。そのような新市街もあれば、古きよきバスク様式の建物が並ぶ、ビルバオ旧市街も残っています。
グッゲンハイム・ビルバオ美術館/スペイン・バスク
運河の間にある、アルミホイルをくしゃっとまとめたような独特のフォルムの不思議な建物はグッゲンハイム・ビルバオ美術館です。アメリカのグッゲンハイムの分館で、中には近代美術が展示されています。裏手の運河側には東京の六本木ヒルズのと同じ蜘蛛のオブジェがあります。正面にはジェフ・クーンズ作のお花の犬パピー(12.4m)がお出迎え。四季折々のお花で明るく飾られます。実はこの博物館は、かつて工業化の波が去り荒廃したビルバオの街に活気を取り戻そうと、バスク自治政府がグッゲンハイム財団にかけあって造り上げたもの。その効果や絶大なるもので、街に多くの人を呼び、美化運動も進みました。ビルバオは、現代アートの力で生まれ変わった街なのです。
世界最古、そして現役の運搬橋!世界遺産のビスカヤ橋/スペイン・バスク
ビルバオ郊外には世界最古にして今も現役の運搬橋である世界遺産のビスカヤ橋があります。運搬橋とは、港へ向かう大型の船が通過する川の対岸へ車を渡す方法として考案された橋です。船が通過する川では、高架の橋や跳ね橋を作っているところもありますね。ビルバオで問題になったのは、緩やかなスロープを作ることができない土地の狭さです。そこで、1893年にエッフェル塔で有名なエッフェル氏の弟子である建築家が手がけたのがこの運搬橋。人も車もゴンドラに載せて対岸へ渡すので、橋としては非常に省スペース。船はゴンドラの通過の合い間に橋の下をくぐります。 ゴンドラは、両側に旅客用の部屋があり真ん中が乗用車などのスペース。対岸まではおよそ3分。日常的に利用されている身近な世界遺産なのです。
美食の発信地サン・セバスティアン(ドノスティア)/スペイン・バスク
大西洋ビスケー湾がさらに陸に入り込んだコンチャ湾に抱かれたサン・セバスティアンは、大西洋に面した海のリゾートであり、バスクでも指折りの美食の町です。街を一望するモンテ・イゲルドの丘に登ったり海辺のプロムナードで椰子を揺らす風を感じましょう。小腹が空いたら旧市街へ。立ち飲み屋バール文化が盛んなサンセバスティアン。海の幸山の幸を取り入れた創作料理など腕自慢の店主が軒を連ねていますからバールの梯子も楽しみです。この街の美食ブームは現在世界中から注目を浴びており、世界各国の人々が美味しいものを求めてこのサン・セバスティアンにやってきます。近代的な食が観光資源となった珍しい街です。
特集記事「美食の街サンセバスチャンでバル巡りにおすすめの店選びと外せないピンチョス(8店17品紹介)」はこちら
オンダリビア(フエンテ・ラビア)の木組みの街/スペイン・バスク
スペインバスクのなかでは北に位置し、フランス国境すれすれの場所にあるオンダリビア。工業的に発展したビルバオや新市街の開発が進むサンセバスティアンよりもちょっと田舎という事もあり、昔ながらのバスクカラーで彩られた木組みの家や鄙びた石畳の町がよく保存されています。
日本で有名な人物もバスク人だった!フランシスコ・ザビエルの故郷・ナバーラ/スペイン・バスク
歴史的な意味でのスペインバスクには、現在の行政区分でいうバスク自治州3県の他に一県一州のナバーラ州も含まれます。ナバーラ州の中心は、ヘミングウェイの小説「日はまた登る」にも登場し、世界的に有名な牛追い祭りが催されるパンプローナです。さらに、パンプローナから東へ小1時間走った荒涼とした高原にぽつんと佇むのが写真のハビエル城です。ここは、日本で最も有名なバスク人ともいえる、宣教師フランシスコ=ザビエルが生まれ幼少期を過ごした城です。500年前、遠く日本まで宣教の旅に来たフランシスコ=ザビエルもバスク人だったと思うと、また少しバスクを見る目が変わってきませんか?
辺鄙な田舎に突然現代アート!?マルケス・デ・リスカル/スペイン・バスク
ビルバオから南東へ移動し、農業地帯を走っていると突然現れる太陽光を反射するキラキラ輝く不思議な建物!マルケス・デ・リスカルというワイナリー兼ホテルです。どこかで見たことのあるようなこのフォルム・・・そうです!この建物も、グッゲンハイム・ビルバオ美術館と同じく、現代建築の鬼才フランク・O・ゲーリーによる設計によるものなのです。近寄ってみるとその大きさにびっくり。ホテル周辺には葡萄畑があり、季節により葉の色が緑、黄葉となり、自然の美しさも楽しむことができます。一部ツアーでは併設されたワイナリー見学とここで作られるワインの試飲をお楽しみ頂きます。
悲劇のゲルニカ/スペイン・バスク
中世、バスク地方の中心はこのゲルニカにあり、伝説的なオークの樹の前で歴代の王たちは政権交代の儀式を行い、その玉座の正当性を証していました。近代国家の波がバスクを分断しても、彼らの独立心のよりどころであったゲルニカ。しかしスペイン内乱の折、フランコ独裁政権に反旗を翻したゲルニカは爆撃され、多くの市民が犠牲となりました。スペインの中で、同じく独立心が強いカターニャに縁があるピカソはこの事件に憤り、その怒りが彼に大作「ゲルニカ」を描かせたといいます。バスクのオークの樹は奇跡的に爆撃を免れ、現代も娘・孫娘の樹たちがその代を受け継ぎ、彼らの伝統を未来へと伝えています。
フランスにおけるチョコレート発祥地、バイヨンヌ/フレンチ・バスク
きれいな川、という名をもつバイヨンヌ。ニーブ川沿いに発達した町は、ローマ時代よりスペインとピレネー以北のヨーロッパを結ぶ海沿いの幹線道路に位置し、発展してきました。フレンチ・バスクとほぼ同義に使われる、ピレネー・アトランティック県の県庁所在地でもあります。カラフルな木組みの建物が並ぶ旧市街を歩いてみるとチョコレート屋さんが結構目に留まります。新大陸からもたらされたカカオ、チョコレートが、スペインやポルトガルからやってきたユダヤ人によって、フランスで初めてこの街に伝えられて以来、街の名物となっています。また、ツアーによってはバイヨンヌの朝市にご案内します。新鮮な食材が並ぶマーケットは、眺めて歩くだけでも心躍ります。
ピレネー山麓の宿場町、サン・ジャン・ピエ・ド・ポール/フレンチ・バスク
ピレネー山麓のにあるバスクの町のひとつに、サン・ジャン・ピエ・ド・ポールがあります。北スペインを東西に横断する聖地サンティアゴ巡礼の道の手前フランス内には、パリ・トゥールの道、ウェズレーの道、ル・ピュイの道、アルル・サンジルの道の4ルートが最も人気があります。このうち前から3つのルートが合流し、ピレネー山脈越えのスタート地点となるこの街は、巡礼のスタート地点として最も人気があるところです。昔ながらの街並みのなかには巡礼事務所、巡礼宿、そして通りで見かける帆立貝をつけた大荷物の巡礼者たち。マントが撥水加工のレインウェアにかわり、頭他袋がリュックサックになったとはいっても、中世の風景を彷彿とさせてくれます。
ラ・リューヌ登山鉄道に乗ろう/フレンチ・バスク
登山鉄道は1924年にバスクの聖なる山であるラ・リューヌ山からビスケー湾の眺望を楽しむためにドイツ人によって造られました。この山ではバスク地方独特のポチェックという少し体の小さい野生の馬やうさぎなど、たくさんの生き物を見ることができます。かつてはこの山に道路をつくろうという話もあったそうですが、反対意見が多く中止になったとか。しかしながらそのおかげで、現代も山からビスケー湾にかけての美しい眺望を楽しむことができるのです。
フレンチ・バスクの小さな村々
フランスとスペインの国境近くには伝統家屋を守り続ける小さな村々があります。サンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼者の宿場町として、またフランス王国とナバラ王国(旧スペイン領)の交易の中継地として、13 世紀頃に建設された村々です。このような田舎の村々の伝統家屋「カセリオ」には、それぞれ名前がついており、建てられた年と家の所有者の名前が入口のところに書かれてあります。赤と縁のバスクカラーで色付けされた木造の暖かみある家々が立ち並ぶ様子こそ、バスクの田舎。ツアーでは、このような村々まで足を延ばします。
美食の郷バスク
バールとピンチョス
バール=居酒屋、というイメージが強いですが、朝食のトーストや仕事の合い間のコーヒーブレイク、富くじやタバコを買ったり、スロットでおじさんがひまをつぶしていたり、夕食前の一杯をひっかけ、女性たちだけではなく男性たちもおしゃべりに花を咲かせる場、家族でお買い物の途中でちょっと軽食をとりに立ち寄る店、それがスペインのバルです。私たち旅行者にとっては、道を聞いたりお手洗いを借りたりできる頼もしい存在。そんなバルで、スペイン語を知らない旅行者の強い味方がバゲットにハムやサラダ、マリネなどが載ったオープンサンド「ピンチョ(ス)=爪楊枝の意味」や、小皿料理「タパ(タパス(ス)=小皿の意味」。カウンターにずらっと現物が並んでいますので目で見てほしいものを指差しで頼めばOK、言葉ができなくても問題ないのです。
特集記事「美食の街サンセバスチャンでバル巡りにおすすめの店選びと外せないピンチョス(8店17品紹介)はこちら
お焦げが特徴バスクチーズケーキ
日本でもスイーツの話題にあがるバスクチーズケーキ。日本では商品によっては「バスク風」と本場のチーズケーキに独自の一工夫が施された商品もありますね。本場のバスクチーズケーキは、その一切れが大きく甘いもの好き、チーズケーキ好きにはたまりません。こんなに大きくて食べられるかなぁと思っても、なかはしっとりしつつもズッシリしていないのでペロリといけます。表面のお焦げも特徴ですが、このお焦げはわざと苦みをだすためだとか。甘味にこんがりした苦み・・チーズケーキの甘さにエスプレッソのような役割のお焦げってとこでしょうか。スペインのサンセバスチャンではバスチー発祥のバルがありますので、是非お足を運んでみてください。万が一、お店がお休みでも他のバルでもバスチーを提供していますので、他店でも美味しいバスチーを食べられますよ♪
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サン・ジャン・ド・リュズの元祖マカロン
フランスの高級お菓子としてすっかり日本でもおなじみのマカロンですが、現代のパティスリーで見かけるパステルカラーのマカロンは正式にはマカロン・パリジャンといいます。その原型をたどるとバスク地方にたどり着きます。 諸説あるのですが、フレンチバスクの小さな町サン・ジャン・ド・リュズの老舗「メゾン・アダム」が、ルイ14世とマリアテレジアの婚礼の際に作ったものが元祖マカロンともいわれています。そう聞くととても華やかなお菓子のような気がしますが、お店のショーウィンドーに並んでいるのは、素焼きのクッキーのようなお菓子。そもそもマカロンとは、卵白と砂糖とアーモンド粉を混ぜた生地で作られた焼き菓子をさします。ふわっと香るアーモンドの匂い、焼き菓子なのになかがもっちりとした食感、昔ながらと思わせる優しい甘さ。賞味期限は大体1週間ですので、長いツアーですと日本まで持って帰れないことも・・・。まさに現地を訪れたからこそ味わえるご当地名物!缶入りのものですと、容器も残ってよいお土産になるのではないでしょうか。
バスクの唐辛子、ギャンティーヤ
見出しバスクといえば、じつは唐辛子も有名。市場に行けば山盛りの唐辛子が豪快に売られていて、バールに入ればこの青唐辛子の酢漬けや塩で炒めたりしただけの唐辛子が山盛りに。隣の席のおじさんのテーブルにその山盛りの唐辛子が置かれ、酒のつまみにそれをぼりぼりと口に運んでいるのです。辛くないのかな?と心配してしまいますが、日本のシシトウみたいなモノで、一度食べだすとぽりぽり食べ続けてしまうものです。料理の仕方は、他にも、唐辛子を煮込んだ料理、唐辛子を粉末やソースにして作った料理もたくさんあります。ピペラード(赤ピーマンの唐辛子煮)やバカラオ・ピルピル(干し鱈の唐辛子風煮込み)等など、是非現地で味わってみてください。
バスクの伝統織物、ピカソも愛用したバスク織り
現在では太さが異なる縞柄がスタンダードのバスク織り。かのパブロ・ピカソも愛用しました(デザインとしてはピカソのポートレート写真でよく着ていたボーダーのTシャツ、このボーダーがじつはバスク柄だったのです)。もともとバスク織りは、麻の生地にひし形模様、太めの藍の線が入ったものでしたが、ここ百年くらいで様々な柄と色のものが生まれました。船乗り達の使用に耐える丈夫さも人気の秘密。最近では、衣類以外の製品も多く店頭に並んでいます。
バスクの伝統靴、エスパドリーユ
ジュート麻の靴底を持つ軽い履き心地の靴、エスパドリーユもバスク生まれ。こちらも船乗りさん愛用の伝統の靴です。近年、ファッション業界からも注目され、日本でも数年前から目にするようになりました。ツアー中、ためし履きして購入というのはなかなか難しいかもしれませんが、日本のファッション誌などで目にされたときはぜひ遠いバスクの地へ思いを馳せてみてください。
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